私が競馬見てた頃は、やたらと大レースで故障・予後不良が多かった時期で、ライスシャワーもサイレンススズカもちょうど見てしまった。ナリタブライアンブームで見るようになった世代はちょうどその世代に当たってしまう。
GI格のレースを買った馬が競走中に予後不良になるのは、87年有馬記念のサクラスターオーから、7年飛んで95年宝塚記念のライスシャワー、96年京都牝馬特別のワンダーパヒューム、97年ドバイワールドカップのホクトベガ、98年天皇賞秋のサイレンススズカと4年連続した。
奇しくも、2頭はウマ娘になっていて悲劇も知られている。
ホクトベガは、もうなんというか、忘れられないくらい強かった。ダートが日陰だった頃とはいえ、本当に無敵だった。圧勝しかしてなかった。どう見ても日本一強かった。で、莫大な賞金で創設されて2年目のドバイワールドカップに殴り込んで、そのまま。遺体すら、検疫の都合で帰ってこれなかったらしい。
それに比べると、ワンダーパヒュームって、地味だなあ。桜花賞馬なんだけどな。
死んでしまったレースが、京都牝馬特別なんて地味なGIIIレース、ってのもあるだろうけど。
これは私の20年以上前の記憶だから定かではないんだけれど、当時からあんまり騒がれずに、わりとさらっと流されてしまったような気もする。
少なくとも、現代で口に上ることは、他の3頭より圧倒的に少ない。
今の競馬ブーム的な時代なら、たまたま目にする人も多少増えるだろうから、覚えてることと今調べがつくことを書き残しておく。
生まれ
北海道は浦河の信岡牧場というところで、ワンダーパヒュームは生まれた。
母はラブリースターという、金鯱賞や北九州記念を勝ってエリザベス女王杯3着の馬で、これも信岡牧場生まれ。
信岡牧場は小さな牧場で、JBISサーチで見る限り65年生まれの世代から競走馬をぼちぼち作り始めて、79年生まれのラブリースターが初めての重賞勝ち馬。
父はフォティテン。
正直あんまり流行った種牡馬ではないんだけど、初年度産駒からアラシとかゴールドマウンテンといった重賞を勝つような馬を出していて、ワンダーパヒュームが4年目の世代。
マイルくらいでスピード見せる産駒が多かった。
ラブリースターは牧場の中でも一番の肌馬だろうけど、失礼ながらトニービンやサンデーサイレンスをつけるほど懐に余裕がある牧場でもなかったらしい。
つけるのは新種牡馬の2~3年目くらい、まだ未知数だけど種付け料がちょっと落ちるタイミングを狙ってる感じ。それで中央で勝ち上がる子をよく出してるから、母としてもなかなかの好成績に見える。
特にフォティテンと実に相性がよかったみたいで、3回配合された。最初のワンダーワイルは中央で4勝して2着も多く、7000万稼いだ。そして桜花賞馬のワンダーパヒュームが出て、さらにワンダーファングもスプリングステークスを勝つ。
3歳になったワンダーパヒュームは、山本信之氏という馬主さんに買われて、領家政蔵調教師に預けられた。これは母ラブリースターと同じ馬主で同じ厩舎。
デビューから桜花賞前哨戦
ワンダーパヒュームは仕上がりが遅れたのか、デビューは年明け、 95年1月8日の京都競馬4歳新馬戦。ダート1200mだった。
興味深いことに、マヤノトップガンと同じデビュー戦。
トップガンのほうが1.7倍の一番人気だったけど、ワンダーパヒュームは後方に控えて、上がり3Fで2秒も早い末脚で飛んできてすぱーんと差し切っている。
遅れてきたとはいえ、第一歩は鮮烈に踏み出した。
そこに1月17日、阪神淡路大震災が起こる。
まあ栗東トレセンは滋賀県の山手の方にあるので、地震自体で競走馬に大きな被害があったとは聞いてないんだけど、阪神競馬場が大きな被害を受けてしまった。
年末まで阪神競馬は開催不能に陥り、京都・中京で振替開催となった。
また、この歳の競馬は「交流元年」といわれ、地方競馬所属のままでもGIのトライアルに出走可能になり、出走権を獲得すればGIにも出られるようになった。
そこで、一躍スターになったのが、笠松競馬からやってきたライデンリーダー。
笠松でデビュー以来負け無し、しかもいつも圧勝しているという、オグリキャップの再来かと思わせる戦績で中央に乗り込んできて、報知杯四歳牝馬特別(現在のフィリーズレビュー)を圧勝した。
そして桜花賞に一番人気で臨むことになる。
一方、ワンダーパヒュームは少しぐずつく。
二戦目、2月5日の寒梅賞。地味なダートの500万下特別。
1番人気で、これくらい勝つかと思ったら、不利があったらしくて3着で足踏み。勝ったのはダンツシュアー、2着が後にカーネーションカップを勝つマルブツメグミで、相手も弱かったわけではない感じ。
三戦目は、3月4日のアネモネステークス。これが初の芝挑戦で、京都芝1400m。
これは逃げたヤングエブロス(後にダート転向して根岸Sを勝つ)にクビ差届かず2着止まり。
3着のジョージビューティもフラワーカップ・サンスポ杯4歳牝馬特別に2着する馬、4着ブライトサンディーは秋にサファイアSを勝ってエリザベス女王杯2着、古馬になっても函館記念を勝つ。5着のマキシムシャレードだって前年のデイリー杯3歳ステークスをナリタキングオーを抑えて勝っている。
やはり4歳春のオープン特別にしては、なかなか手ごわい相手だった。
相手関係でいうと、この年の桜花賞トライアルレースは、ライデンリーダーが勝った報知杯四歳牝馬特別の方が、後から見れば手薄だった感もあるかな。
2着のエイユーギャルは後にオープン特別を2勝、オトメノイノリも3歳でオープン特別勝ちあり。後にエンプレス杯2着などダートで走ったスターセレッソは活躍時期が遅くて、この時期はまだまだ。
有力視されていたダンスパートナー(後に桜花賞2着・オークスやエリザベス女王杯1着など大成)とプライムステージ(ダイナアクトレス産駒、兄ステージチャンプも活躍している)は、チューリップ賞から行った。
揃ってユウキビバーチェに取りこぼしたのだけど、これだってトニービン産駒で、この時点での地味なだけという馬。
他に三歳重賞の勝ち馬も二頭(函館3歳Sのダンツダンサー、小倉3歳Sのエイシンサンサン)居て、チューリップ賞組は強豪だった。
他にフラワーカップもあるけど、ここは桜花賞じゃなくオークスに向かう馬ばかりになった。
桜花賞
さて、ワンダーパヒュームが優先出走権をもぎ取ってきたアネモネステークスは、後から見ればレベルが高かったみたいだけど、やっぱり所詮はオープン特別。GII・GIIIと比べれば格落ちに見える。しかもワンダーパヒュームは2着だ。
で、人気はライデンリーダーが1.7倍と一本かぶりに。
2番人気はプライムステージ、3番人気はダンスパートナー。この二頭に勝ってきてるユウキビバーチェが4番人気。
5番人気は4勝の実績と、ライデンリーダーに続く報知杯四歳牝特2着が買われてエイユーギャル。
6番人気は逆に、キャリアわずか2戦で報知杯四歳牝特3着で優先出走権を獲得しただけの、底が見えないタニノルション。
ワンダーパヒュームはやっと7番人気。
ちなみにワンダーパヒュームに勝ったヤングエブロスは12番人気とボロクソの扱い。10戦もしていて、他の有力馬と対戦して大敗してるから、すでに勝負がついたとみなされてたらしい。
枠順は、ライデンリーダーが3枠6番、ダンスパートナーが8枠17番、プライムステージが7枠13番、エイユーギャルは4枠7番、タニノルションは6枠12番。
でもってワンダーパヒュームは大外8枠18番。
レース展開は、ウェスタンドリーム他3頭が先手を取り、ライデンリーダーはその後ろで馬群の中、プライムステージ・ダンスパートナーなどが後方。
ワンダーパヒュームも、ダンスパートナーと同じ後ろに控えていた。
大外枠だから終始外を回らされてるような感じだったけど、馬群に包まれて動きづらくなっていたライデンリーダーと違って、むしろ誰にも邪魔されずに済んだ感じ。
残り2ハロンあたりで、外に居るからカメラによく写るところで、すごい脚で一気にごぼう抜き。プライムステージをかわして先頭に立ったところで、後ろからダンスパートナーも飛んでくるけど、抑えきってゴール。
私の記憶だと、テレビ放送の実況は、ゴール前で「ワンダーパヒューム、プライムステージ、ダンスパートナー!」と順に名前を叫んでたんだけど、その並び順のままゴール前1ハロン走ってたからそうなるな。最後の最後でプライムステージがダンスパートナーにかわされる。
しかし今見返してもいいレースだ。そりゃ人気薄であまりマークされてないところはあっただろうけど、同じく8枠のダンスパートナーと同じような展開で走って勝ってるんだから。
そして勝ちタイム1分34秒4も、桜花賞のレースレコード。まあ馬場の重い阪神から京都になったのはあるとは思うけど。
オークス
で、オークス。
日本の牝馬クラシックは、桜花賞がマイルなのに、次のオークスがいきなり、経験する機会も限られる2400mになる不思議なプログラム。みんな実績がないから、血統とかでなんとなく距離適性を読んでいくしかない。
一番人気はまたライデンリーダー。
まあ前回は展開に恵まれずに仕掛けが後れた感じもあり、あれで差のない4着まで来てるなら強いのは確かではある。とはいえ、オッズは3.2倍まで落としていて、混戦模様。
二番人気に、この記事としては唐突に現れるイブキニュースター。アメリカからの持ち込み馬で、父Nijinsky・母の父Robertoという血統。最初から桜花賞を捨ててオークスに狙いをつけたように、長めの距離の前哨戦を使い続け、500万条件では牡馬ベストタイアップ(後に中山金杯連覇)を抑えて勝ち上がり、フラワーカップ・スイートピーSと連勝してきている。
三番人気にダンスパートナー、四番人気プライムステージ、五番人気ユウキビバーチェと桜花賞組が続く。ユウキビバーチェは桜花賞5着ね。
六番人気はツキノロマン。父はミルジョージ、母シヨノロマンも活躍馬で母系をたどればシラオキに行き着く渋い良血。トライアル2着で優先出走権を取って、重賞勝ちはないけど未知数の期待があった感じ。
そしてまたもやワンダーパヒュームは7番人気。いや桜花賞馬なのに……。
まあ、父フォティテンはマイラー種牡馬で、母の父もトウショウボーイだと、ちょっと2400mは苦しくないか、と思われるのはわからんではない。
とはいえ、21.3倍だった桜花賞から、今回は14.5倍。支持率はだいぶ上がった。
枠順は、ライデンリーダー1枠1番の最内、イブキニュースター4枠7番、ダンスパートナー3枠5番、プライムステージ8枠17番、ユウキビバーチェ8枠16番、ツキノロマン5枠10番。
ワンダーパヒュームは5枠9番とど真ん中。
レースは、ヤングエブロスが決死の大逃げをかまして、またライデンリーダーも最内枠で前回の負け方を嫌ったのか先行策。
ワンダーパヒュームはずっと後ろに下がって控えていた。
中団で有力馬が固まってしまって、第3~4コーナーで横に広がってしまってたけど、それで外にぶん回されてたダンスパートナーとユウキビバーチェ。
ヤングエブロスが早々と力尽きてしまうのに代わってライデンリーダーとジョージビューティが先頭に出るものの、コーナーで横に広がったおかげで内があまり詰まらなかった感じで、ワンダーパヒュームが内からぬるっと伸びてきた。
しかしまあ、やっぱ2400mは長かったか、前回ほど鮮烈な差し脚はなく、外を回ってきたダンスパートナー・ユウキビバーチェが突き抜けるのを抑えるまでは無理だった。
とはいえ、桜花賞もフロックとはいわせない、見事な健闘だったように思う。
95年秋
ワンダーパヒュームは、夏は休養にあてて、10月22日のローズステークス。
名古屋競馬でひとつ走って牡馬をぶっちぎってきたライデンリーダーが、今度こそ、と一番人気。
なかなか大きいところを勝ちきれないけど、未だ掲示板を外したことがないプライムステージが安定の2番人気。
そして2400mでもいけると見せたワンダーパヒュームが3番人気で続く。
4番人気もユウキビバーチェで、およそ春に活躍した馬が上位人気を占めた。6番人気もエイユーギャルで7番人気もイブキニュースター。
そこに、春に5戦3勝2着2回の成績でサンスポ賞4歳牝馬特別を快勝するも、岡部騎手の助言で体調面を慮って休養していたサイレントハピネス。前走クイーンSで惨敗しているものの、それは休養明けのひと叩き。
これが5番人気ながら、見事な追い込みでオークス組をまとめて撫で斬りにしちゃった。
プライムステージ2着、ライデンリーダー3着で、ワンダーパヒュームは4着。
まあまあ、休み明けの緒戦は仕方ない、4着ならよく仕上がってる。しかしいつも後方から飛んでくる馬なのに、珍しく先行してそのまま粘った感じだった。
そして、まだ秋華賞がなかった時代の、秋の4歳牝馬の頂上決戦・エリザベス女王杯。
オークス馬ダンスパートナーは、夏にフランス遠征の後に菊花賞へという異例のローテーションを取ったため、ワンダーパヒュームは唯一の牝馬クラシックホースとしての出走となった。7.6倍の4番人気と、これまでを思えば高い評価。
一番人気はプライムステージになった。
2番人気には、秋の上り馬フェアダンス。春まではどうも芽が出なかったけど、夏に武豊を鞍上に迎えて一変、条件戦を連勝して8月には古馬の牡馬相手に巴賞3着、そしてサファイヤSを2着して挑んできた。
3番人気がサイレントハピネス。
いまいち主役が誰なのか見えないレース、スローな展開で、3番手からするっと抜け出した10番人気サクラキャンドルが持って行っちゃった。
これも秋の上り馬でクイーンSを勝って挑んできてたんだけど、このときの勝ち時計が2分1秒8と遅かったし、8番人気での穴だった。
フェアダンスが2着・ブライトサンディーが勝ったサファイヤSが1分59秒0で、こっちは1・2番人気の激戦だったから、まあ、比べると見劣るか。
フェアダンスも、前残りの展開の中で後ろから追い上げて3着と健闘したものの、2着はブライトサンディー。
ワンダーパヒュームは16着の大惨敗。まあ、3着から16着まで14頭が0.6秒の間になだれ込んでるから、着順ほどの大負けではないともいえるんだけど。
最後方から仕掛けたのに前残りのスロー展開にも恵まれなかったし。
95年最後は、この頃は12月に行われていた阪神牝馬特別(現・阪神牝馬ステークス)。
菊花賞5着と異例の挑戦で結果を見せたダンスパートナーが、ここでは圧倒的一番人気。そしてサクラキャンドルが2番人気で続く。
派手なレースは使わず条件特別を堅実に勝ち上がってきた古馬シャイニンレーサーが3番人気。
ワンダーパヒュームはまた人気を落として8番人気。
そしてレースでは、ワンダーパヒュームは珍しく先行策を取って、逃げる3頭に離された位置の5番手追走。しかしさっぱり見せ場もない感じで10着に敗退。これは残念ながら言い訳がつかないかな。
勝ったのは6歳のサマニベッピン。重賞3勝目のベテラン。
ちなみにこのレースが、芝で地味な存在だったホクトベガの最後のレース。年が明けたら猛烈な勢いでダートであらゆる馬を薙ぎ払う砂の女王になる。
96年1月28日・京都牝馬特別
Youtube、色々出てくるね。
でも、この映像だとちょうどワンダーパヒュームが故障したところは写ってない。
確か、派手に転倒してジョッキーが投げ出されてしまったとか、そういうんじゃなかった覚えがある。
ただ急に足を止めて、ああ故障だ、と思って、でも当時はまだ立ってられるなら治る程度かな、ライスシャワーみたいに激しく転倒したわけじゃないし……などと思ってたけど、結局助からなかった、という感じだったかと思う。
変な言い方ではあるけれど、地味な斃れ方だとは思う。
ライスは宝塚記念、サイレンススズカは天皇賞秋、ホクトベガはドバイワールドカップだけど、ワンダーパヒュームは京都牝特。
一度は燃え尽きたかのような低迷の後に復活してきた矢先だったライス、影も踏ませない無敵の強さだったサイレンススズカ、まだ海外でGIを勝てたことがない日本馬が初めて勝ってくると信じさせたホクトベガ、それと比べると、低迷が続いていたワンダーパヒュームだったし。
私にとっては、ライスシャワーってキャリアの全体を知ってる馬じゃなかった。ミホノブルボンの三冠を食い止めた菊花賞も、マックイーンの三連覇を食い止めた春の天皇賞も知らなかった。知った途端に天皇賞を勝って、宝塚記念で死んでしまった。
サイレンススズカは、ちょっと私はアンチ気味に見ていて、そういつもいつも逃げ切りなんてとか、連勝ったって勝った相手が弱いでしょこれはとか、どうにも信じきれないまま天皇賞秋を迎えていた。結局死んでしまうまで無理にそんなことしてたの。
ホクトベガは、ダートの女王になってた頃は十分に見てた(あの頃は地方競馬のレースを見る機会なんか全然なくて、ホクトベガが出たからって特別にVTRで流されたくらいの異例の熱狂だった)けど、エリザベス女王杯勝ったのは見てない。
ワンダーパヒュームだけ、キャリアの一通りを見てた。
ダンスパートナー・プライムステージ・ライデンリーダーというヒロインがいる中で、まあ、脇役に見えてたのは否めない。
でも、ちょっと不思議な響きの名前は印象に残った。アイドルのPerfumeとか影もないから、香水という意味もパっと出なかった。
多分まだ競馬ファン歴浅すぎて血統までわからなかったと思うんだけど、クラシック戦線をサンデーサイレンスが征服しようという95年に、フォティテンの産駒が一矢報いるというのも渋い。
オークスのときなんかも、いくらなんでも桜花賞馬なんだから見くびりすぎだろうと思って、3着に健闘して嬉しかった覚えがある。
それからの低迷も見て、そして目の前で死んでいった。
まあ古い話で、私も競馬ファンなりたての時期で知識も経験も全然ない子供だったし、色々あやふやな記憶しかないんだけど、まあそれでも、ネーハイシーザーの次に好きになった馬だった。
好きだった馬に現役中に死なれたのも、多分ワンダーパヒュームだけ。
地味な悲劇の名馬というのはなんだか不思議なものだけれど、私は好きだったと書いておけば、たまたまウマ娘ファンの若い子が見るかもしれんしね。