インスタ映えする料理を知ってる、といってナタデココにティラミスを持ち出してくるマルゼンスキー姉さん。
いつの生まれや、とツッコミを入れたくなる。なんてこったパンナコッタ。
マルゼンスキーの世代の謎
さて、実在のマルゼンスキーはというと、1974年生まれ。
競馬デビューが76年。マル外の制限が厳しかった時代故にクラシックも使えなかったけど、8戦8勝で2着につけた着差の合計が61馬身。
同世代は、クラシックホースでさえ「どうせマルゼンスキー以下だろ」と思われて不遇に終わった。皐月賞馬ハードバージは観光客向けショーに酷使されて死んでいき、ダービー馬ラッキールーラと菊花賞馬プレストウコウも日本で結果が出ず韓国に行った。
現在ウマ娘としてキャラクター化されてる中では、マルゼンスキーが最も古い。
トレセン学園の理事長がノーザンテーストだという説を取るんであれば、こっちは1971年生まれだから、ようやく少し年上になれる。
だからまあ、ウマ娘のマルゼンスキーの話が古いのはわかるんだけれど、ナタデココやティラミスの世代なのか。
ティラミスブームっていつだっけ?
ナタデココのブームは1993年。ティラミスも90年くらいから。
イタ飯ブームも88年くらい(うぃきぺのティラミスのページより)からとして、ボジョレー・ヌーボーのブームもその頃。
バブル景気は86~91年くらいまでかな。92年にはもう悲観的になってきて、というくらい。ナタデココだけバブル崩壊期、他はバブル真っ盛りの頃か。
ちなみにジュリアナ東京は91年5月オープンで94年8月閉店なので、バブル末期から崩壊期の店。
では、馬のマルゼンスキーが、バブルの頃に何をしていたか、というと。
10代半ば、種牡馬として活躍のピークを過ぎる頃になる。最後のG1馬レオダーバンが菊花賞を勝ったのが91年。
バブルの狂騒を、マルゼンスキーは中年のおじさんとして眺めていた。
1974年生まれの人間だと、バブル期はまだ中高生。だから、就職氷河期世代。苦労してるのに他人からバブル世代だと思われてる気の毒な世代よ……。
ナタデココやティラミスも食べてはいるだろうけど、家族でファミレス行って注文したとかでしょ。イタ飯屋でメッシー君に奢らせるには若すぎる。ジュリアナ東京なんて、まあ入れてもらえてないと思う。
ということで、マルゼンスキーは別にバブル世代じゃないだろ、と言わざるを得ませんな。
しかしまあ、「ちょっと年上のお姉さんたちに憧れてバブルスタイルを真似してる」というマルゼンスキー解釈もありえる。なかなかかわいいかもしれない。
正しくバブル世代のウマ娘を出すなら?
正しくバブル世代のウマ娘は、考えられるのは2パターンだろう。
人間基準に、バブル期を成人したばかりの若者として過ごした世代は、というと。
マルゼンスキーより5年歳上、1969年くらいに生まれてたらちょうどいい。
競走馬でいうと、花の47年組といわれる非常に強い世代。
幻のダービー馬ヒデハヤテ、クラシック三強ロングエース、タイテエム、ランドプリンスに秋の上り馬イシノヒカル、悲運のグランプリホース・ハマノパレードなどなど。
BNWも出してることだし、バブリートリオのLTLなんてのもありかもしれない。
あるいは競走馬基準で、バブル絶頂期の1990年にクラシックを走ってた競走馬、と考えてみれば。
これは菊花賞馬はメジロマックイーン、ダービー馬がアイネスフウジン。それからメジロライアンにイクノディクタスもメジロパーマーもダイタクヘリオスも同い年。
すでに大勢ウマ娘になってる。バブル世代はむしろこの娘ら。
メジロライアンが髪伸ばしてどんな髪型にしたいってソバージュだろうし、マックイーンの好きな野球選手は西崎幸広、アイネスフウジンの人気といったら森高千里ばり、イクノディクタスはブルーハーツ好きでカラオケ行ったらリンダリンダ。
それで、みんな服には肩パットいれてるの。
これこそ正しいバブルウマ娘。