堺風の頭部

徘徊、カメラ、PC、その他。

丹波篠山徘徊記

 前からちょっと気になりつつ、駅から街が遠いのがひっかかって先送りにしていた、丹波篠山に篠山城を見に行くことにした。

 まあ、篠山口駅までは大阪駅から丹波路快速で直行だし、そこからバスで15~20分くらい。まあ比叡山とか鞍馬寺とかに行くような時間感覚だから、そこまで遠いわけではないか。

 あとは、DA12-24mmF4が実地でどんなもんかなーと、今回は他のレンズ持たずに一本で。

 

 篠山の街は大変見所多かったので、記事は長いし写真は多すぎる感じになっちゃったけれど、それは篠山市が悪い。

 

 

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 ほい篠山口駅

 とりあえず駅にある観光案内所に行ってみると、城行きのバスは5分後に出ると。観光マップだけもらって慌ただしくバスへ。

 もうちょっと涼しい季節なら、駅でレンタサイクルを借りて行く手もありそう。ただ、乗り捨てができないので帰ってこなくちゃいけないとのこと。

 

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 二階町、という停留所が街の中心になるらしい。
 降りてすぐ、こんないい感じの商店街だ。

 後で行くところに、河原町妻入商家群という景観保存地区があるんだけれども、この辺にも切妻造で妻入りの商店が見られるな。ここらのスタイルかな。

 観光商店街な感じが強いけど、生活的な店もあり。死んだ商店街ではない。
 なにしろ篠山はイオンモールの侵略をまだ受けていないから、人々は商店街を利用するのが自然なのだろう。

 

春日神

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 商店街裏手にある春日神社が、このあたりでは大きい神社のようだ。

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 平安時代藤原基経・時平親子が氏神様を勧進してきたのが始まり。しかし元々は篠山城がある岩山にあって、城作るからって退かされてこっちへきたとのこと。

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 神馬の銅像が奉納されてることはよくあるのだが、鹿がいる。春日神社だからか?

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 丘の上に愛宕神社があるらしいのだけど、多分階段の状態が悪いのか、立ち入り禁止に。
(なお、超広角レンズで撮ったからすごく高く見えるが、実際はそれほどでもない)

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 青山忠良公顕彰碑。篠山藩の最後から二番目の殿様。ちなみにタダヨシと読まない。
 老中にまで上り詰めた人ながら、謀略を仕掛けるのに失敗して自分が失脚した。

 けれどその後、この春日神社に能舞台能楽殿を奉納したことで、ここに顕彰されている。

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 能舞台は社殿の向かいにあるんだけれども、戸を立ててある。

 建てた時点では、箱根より西で最も立派な能舞台だと言われてたほどだとか。今でも国指定重要文化財。雨ざらしというわけにはいかない。
 能舞台は、床を踏む音を反響させるため、床下に大甕を仕掛けるそう。丹波焼は大甕も作るから、ちょうどよかったのかな。

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 絵馬殿も。
 真ん中の黒い馬のと、その右手の人物像のやつは、市指定文化財。それぞれの絵馬に由来やエピソードがちゃんとついていて面白い。

 

篠山市歴史美術館

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 春日神社から東に抜けて、まず寄ってみるつもりの歴史美術館に来てみたら、この雰囲気ありまくる木造建築。

 もともと篠山地方裁判所だった建物で、この写真のスロープつき入り口が法廷に繋がっている。
 1891年建築、1981年6月に廃止。130年近い歴史ある建物だ。

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 いやー雰囲気あるある。

 中には城主青山氏の所蔵品が、甲冑やら軍扇やらいろいろ展示されていた。また企画展として、篠山城の図絵や絵画などを多数展示していた。

 また、王地山焼というお抱えの窯があったそうで、その古い青磁白磁も展示されていた。丹波焼は素朴というか古くからのスタイルだから、比べると王地山焼はモダンだ。 

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 法廷内は撮影してもいいとのこと。
 私は裁判所行ったことがないので、今の法廷がどんなものか知らないのだけど、結構狭いな。傍聴席も限られる。

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 被告席に立ってみた。
 何も悪いことしていないのにこんなところに立つなんて。

 

ほろ酔い城下蔵

 歴史美術館を出て、すぐ近くに「鳳鳴」という日本酒を造っている酒蔵がある。

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 ほろ酔い城下蔵。中はショップと、製造工程を見学できるようになっている。
 といっても、今は酒造は別のところでやってるようで、ここでは昔の手作りだったころの施設を博物館的に展示している。

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 このへんは絞りの工程。
 右手にピアノが見えているけど、リサイタルをやったりもするとか。

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 音楽を振動に変えるトランスデューサーを桶に取り付けて、酵母菌に振動を与える酒造り。鳴り響くベートーヴェンの「田園」。
 まあ、水に「ありがとう」と声をかけるのはオカルトなのだが、酵母菌なら生物だし振動の影響もなにかあるのかもしれない。ないかもしれないが。 

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 さて、せっかく来たから飲んでいこう。
 無料の試飲もあるらしいけど、有料のもあり。600円で5種いくのと、480円で大吟醸を3種いくのと、あと300円で3種もあったっけ。
 私は5杯いくとふらふらになりかねないので、480円で。

 篠山が酒どころという認識がなかったもので、こんなに美味いのが出てくるとは予想しておらず、びっくりしちゃった。ほんとに美味い。
 灘のあたりが酒の名所なのは有名だけれど、その灘の酒蔵で杜氏をやるのは、冬場に丹波から出稼ぎにいく丹波杜氏だとのこと。
 技術者の本拠地に乗り込んでたら、そりゃ美味い酒も出よう。

 

 ちょうど団体さんが入ってきたのを試飲しながら眺め、団体さんがはけるまでしばし酔い覚まし。
 試飲といっても、3杯あったら半合以上はあったような。

 

大正ロマン館など

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 城の方に歩いてきたら、門前にえらく格好のいい建物が。

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 大正ロマン館とな。

 中は土産物屋とレストラン。
 大正12年、1923年に篠山町役場として建てられ、93年からは今の状態に。

 

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 そのすぐ向かいにも、なんともレトロな古い建物があって、観光案内所になっている。
 ちょっと聞いてみたら、ここも役場だったらしい。大正ロマン館の前のものか、あるいは分館か。

 

 ここからちょっと南で篠山城だが、先に少し寄り道。

 

市立青山歴史村

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 市立青山歴史村というところ。
 藩主の別邸だったところを整備して、博物館などにしてある。

 中には、藩校で使っていた教科書用の版木を中心に、篠山藩の教育関係の展示をしている版木館。こちらはなかなか面白い展示だったんだけど、版木の写真載せても仕方ないな。
 それからデカンショ節についての展示館。こちらはタブレットPCやら、VRグラスでの映像やらを見られる現代的な内容。

 

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 万尾時春という、数学者の記念碑がある。

 1683年生まれでの人だけど、「規矩術」といって、コンパスと定規で図形を扱う幾何学を編み出していたそう。それを、方位磁針とか尺を使っての測量術に広げた。
 また「観農固本録」という、農業や経済に関する入門書を書いてベストセラーにしたりもしたそうだ。

 

篠山城

 さて、ようやく篠山城へ。

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 篠山城は、江戸幕府が成立しちゃってからの1609年に、天下普請でできた城。
 戦国やってた頃には、ちょっと南東に行った山の上の八上城がこのあたりの城だった。

 新しいだけあって、造りは新しい。掘りもかなり幅広で、鉄砲で戦争する時代らしさを感じる。

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 入るとすぐに虎口。通路は右に折れて左にもう一度折れる。
 石垣は打ち込み接ぎ。見ていると、マークが刻まれた石が複数見える。

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 門をくぐって二の丸に入るとすぐに、大書院の入り口が待っている。

 江戸時代には、二の丸には大きな書院が建てられた。
 廃藩置県とともに、本丸や櫓なんかはどんどん壊されたんだけれど、大書院の方は壊さず学校やらに転用されていた。
 が、戦争中に失火で焼失してしまった。

 戦後になって、篠山城を史跡として修復・保存しようという動きが出てきて、いろいろコツコツ進め、2000年になってようやく大書院の建て直しが完了。

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 平成になって立て直されたもの、というと有り難みが薄い気もしてしまうのだが、そのかわり、写真を撮れるのがうれしい。フラッシュはNG。
 上段の間、殿様に拝謁するような時に使うとこだと思うが、写真撮れちゃう。

 結構映画やらドラマの撮影に使ってるみたい。「超高速参勤交代」とかここだと。

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 障壁画なんてずいぶんもっともらしいが、これも再現したもの。当時ものは焼けてしまったのかな。

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 甲冑がずらっと並んで、でもなんか真新しいなと思ったら、市内に厚紙で甲冑作ってる人がいると。趣味で。すごい趣味だな。

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 大書院裏手。広い空き地に間取りを示してある。
 もう一棟でかいのがあったのか、本来もっと建物が続いていたのか。

 写真右手奥、木が立ってるところが本丸になる。

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 二の丸南側にも出入り口があり、こっちは埋み門になっている。

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 本丸の石垣。

 切り込み接ぎに見えるな、他のところ打ち込み接ぎなのに。やはり本丸は頑張ったのかな。

 そういえば、あの穴太衆も篠山城の石垣工事に関与してるらしい。どこを穴太衆がやったかまではわからんけれど。 

f:id:mubouan:20180602235139j:plain 本丸は青山神社、名前通りに藩主の青山氏をまつる神社になっていた。

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 社殿はそれほど大きすぎないくらい。
 祭神は、遠祖の青山忠俊と、12代藩主忠裕。忠裕の代で1万石の加増を受けてるとのこと。

 それから境内には青山忠誠の顕彰碑もある。
 明治時代に私財を投じて教育振興に打ち込んだ人物で、福沢諭吉に掛け合って教師を派遣してもらったりもしてたそう。

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 本丸の隅には天守台。

 といってもまあ、天守は建築中に中止されたので、天守がある城だったことはないようだ。
 そのかわり、本丸四隅に櫓を建てて間を多門櫓でつなぐ形になった。

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 さすがに天守台だけあって眺めよし。
 正面に見えている突き出た山に八上城があった、と思う。まあ間違ってても、この写真のどこかには写ってるやろ。

 

丹波杜氏酒造記念館

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 ほろ酔い城下蔵のほうでちらっと触れたけど、灘の酒蔵で杜氏をやっている人たちは、篠山から冬場の出稼ぎで行っていた。
 そんなわけで、城の東に記念館がある。中には現役の杜氏さんがいて、他のお客さんがなかったこともあり、展示を見ながらじっくり解説してもらえた。

 江戸時代に出稼ぎが始まって、最盛期には杜氏200名、その下の職人や下働きを合わせると5000人くらいの大移動が起きてたそう。
 殿様の方が、冬場にそんなに人手が流出するのを嫌って禁止しちゃったんだけど、それじゃ食えないからと直訴に及んだ人があった。その人は処刑されるものの、禁制は解いてもらえることになったとか。
 平成も終わろうとする現代でも、まだ灘に出稼ぎに行く杜氏さんがいる。

 使う米も、麹米は山田錦、でも掛け米には日本晴を合わせると美味いというおすすめを貰ったりした。もし掛け米の銘柄書いてるの見かけたら買ってみよう。

 

河原町妻入商家群

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 城からちょっと南の方、河原町というあたりは、昔は園部へと行く街道が通っていたところのよう。

 JRがまだ国鉄どころか鉄道省だった頃、まだバス輸送も黎明期だった時代から、園部-篠山を結ぶように早くから開通していたので、その記念碑がある。
 記念碑を見た限り、昭和9年、1934年に始まったと。

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 そして街道沿いには、名前通り妻入りのお店が並ぶ商店街。

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 景観保存地区だけあって、こんな建物ばかりがずらりと。この建物は妻入りじゃないけど。

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 丹波古陶館。
 中には丹波焼の時代ごとの変遷、紐作りで口の形が少しずつ変化していったり、ろくろ作りになったりという変化が展示されてたりとか。

 

御徒士町武家屋敷群

 それから、お城の南側を堀に沿って西に歩いて行ったのだけど、あんまり見るところはなかった。失敗だったな。地図で見ても何もない。

 城の西側、堀に沿った南北の通りが武家屋敷が並ぶところになっている。

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 このあたりの武家屋敷は瓦葺きじゃなくて藁葺きだなあ。なんか理由があったんかな。

 ともあれここは、武家屋敷安間家史料館。中を見学できる。

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 といってもまあ、わりと普通の古民家という感じ。中も。
 ただ、商家だと商売用に土間がすごく広く取ってあったりとかするから、武家屋敷だと純粋に生活用な感じには見えるな。

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 周りには似たような武家屋敷がずらっと並んでいて、今も人が住んでいる。電気ガスは引けるにしても、間取りなんかは今となっては不便そうな気もするが、まあ便利だから住んでるわけではないか。
 個人宅だと、屋根は藁葺きじゃなくなってたり、ところどころ住みやすく改修しているようだ。

 

 まあ長い記事だったが、帰路につくのは急になった。

 もっと北に歩いて行って、乗ってきたバスが走っている商店街に戻った。
 すると、いきなり目の前をバスが通り過ぎ、その直後にバス停で止まったので、慌てて飛び乗って帰路へ。

 

 篠山は行くのが少々手間だけれど、街に入ってしまえばコンパクトに見所が詰まっている。京阪神から日帰りで行ける場所としては、かなり良い街だと思う。