堺風の頭部

徘徊、カメラ、PC、その他。

誕生日に公開されるのが「コカイン・ベア」だったというろくでもない縁について

 9月29日といえば私の誕生日であることが有名なのだが、2023年9月29日が何の日だったかというと、映画「コカイン・ベア」の日本公開日であった。

cocainebear.jp

 なんでよりによってこんなB級丸出しのなんだよ。

 まあ以前からこういう映画が出来てるとは聞いていたし、なんなら元ネタの事件も聞いたことくらいはあった。
 映画もあんまり観に行けてないし、久々にいこう。

 別にB級映画好きというわけでもなく、むしろ私の好きな映画は「チェ 28歳の革命」とか「アクト・オブ・キリング」とか「No!」とか社会派なのだが……

 

 誕生日翌日の朝、梅田のTOHOシネマズのチケットをネット予約して向かう。
 公開最初の週末、最初の回、12時ちょうどという食事とぶつかるタイミングで、8分の入りってとこかな。こんな丸出しのB級映画のスクリーンに集う人々、ここにはボンクラしかいないと思わせる。

 

 以下、ネタバレする。

 

 

 冒頭から無茶苦茶な脚色から入る。

 史実ではFBIに追われた麻薬密輸人ソーントンが、コカイン入りバッグをセスナから投棄した、という話だったらしい。セスナだからな。せいぜい席に置いて飛べる程度のバッグひとつだろう。
 そこが映画では、ソーントンはチャタフーチー国有林に十数個のパンパンのコカインバッグを投げ落とした上で輸送機からパラシュートで飛び降りて回収せよ、と命令を受けていたらしい。これ100倍できかないくらいのアホみたいな量になっているのでは……?
 史実ではソーントンはパラシュート降下して逃げようとして失敗、墜落死するんだけど、こっちのソーントンは音楽に乗ってノリノリでバッグ投げ落として自分も飛び降り、るところで荷室のドアの鴨居に頭ぶつけて気を失って転落死。商品に手を付けてないか……?

 これにより、どう考えてもコカイン・ベアは一頭で済まず、第二・第三のコカイン・ベアが、またコカイン・コヨーテ、コカイン・ボブキャット、コカイン・ディアー、コカイン・ヒトなどが生まれるとしか思えない大量のコカインがチャタフーチー国有林に発生してしまった。

 脚色するのはいいけど、全く責任を取る気がないな。
 まあ、こうしないとクマがコカイン食ってる一方で、子供がコカインを発見してしまうということが両立しないのだけれど……。

 

 そして、公式サイトを見ても書かれていない、どう考えても殺される役にしか見えない、半ズボンで山入ってる少し頭の軽そうなカップルが登場。

 カップルが持っていたカメラにPENTAXのロゴがついていて、どうやらK1000らしい。
 1976年に、当時のPENTAXのラインナップ最廉価モデルとして発売され、格安・実用的・頑丈な素晴らしきカメラとして300万台売り上げた名機。
 舞台は1985年頃なので、英語版Wikipediaによると当時たった150ドルくらいでレンズ付きで買えたそう。
 ジョージア国有林にハイキングにくる庶民らしいカップルが持ってるには似合う感じで、なかなか時代考証が行き届いている。

 詳しくないからはっきり判定できないけど、登場する車も80年代の旧車らしくて、きれいなものはきれいに出てくる。なぜかこのあたりは丁寧らしい。

 

 それから、子供が学校サボってふたりで山に入ってしまい、コカインを発見。そしてシナモン・チャレンジでもやるみたいに大さじ一杯くらい食っちゃって、程なくコカイン・ベアに遭遇。
 果たして子供が食ってしまったコカインの影響はどうなったのかよくわからない。特にラリったり気分悪くしたりする様子もなく、コカイン・ベアから逃げていた。
 コカイン・ベアも、500gはありそうなでかい包みを丸呑みするような描写があり、またすでにコカインを探し回って複数のバッグから食いまくってるようで、それでも死んだり動けなくなったりはしない。元気に暴れている。
 地味にこのコカイン、大部分が小麦粉だったりしないか。
 投下量を100倍にしちゃった歪が出ている。脚色に責任を持たないからこんなことに。

 

 その後、子どもたちを連れ戻しに来る母サリ、森林レンジャーのリズとピーター、警察のボブ、ボーイズギャング3人組、コカインを回収に来る麻薬王シドと、嫌々つきあわされる息子のエディ、シドの部下でエディの友人ダヴィードと、次々コカイン・ベアの潜むチャタフーチーに入り込んでしまい、酷い目に遭うパニックムービーが展開されていく。
 このへんはまあストーリー上の根幹ではあるけど、大して凝ったものではない。

 というか色々雑で、あまりにも大量のコカイン・バッグを投げ落としちゃったせいでバッグだらけになっており、時々画面にバッグが写るのに誰も気づかないマヌケ・アトモスフィアの高い画面が描かれたり、麻薬王の連中は銃を持ったレンジャーがいる国有林でパンパンのバッグ十数個のコカインを素手で徒歩で拾いに行ってどうにかなると思ってるのかとか、結局麻薬王自ら不用意に回収に出向いて刑事と会ってしまってたり、なぜ警官が裏切って麻薬王に味方してるかもよくわからない、子供を被害者にするからこの子らは殺されないのが最初からわかったり、子供がふたりいて一方が行方不明になってるからってもう一人が最後まで同行してる必要があるのかとか、すかたんなところが色々思い当たる。

 最大の雑さがラストで発揮され、コカイン・ベアが巣にして子熊を住ませている洞窟(なぜか子供のひとりが逃げ込んで隠れていた。なぜか)からみんなで脱出(それも滝壺に着衣で飛び込むという酷い危険行為を、銃で2度も撃たれている人までいるのに根拠なく安全にこなし)、最後にコカイン回収に固執する麻薬王が戻ってきたコカイン・ベアに惨殺されて、めでたしめでたし……と終わってしまう。
 それが見えてるような崖の上で展開され、麻薬王はコカインを被って崖から滝壺に叩き落されているのに、あれだけ行動範囲が広かったコカイン・ベアがまた追ってくることを気にする様子もなく、何の装備もなく肌寒く感じる9月に濡れた体で平然と一夜を過ごし、朝になってからレンジャーセンターに戻ってきてのんきに帰宅する。なんで……?

 

 こういう諸々の雑さをもって、どうにもB級映画っぽさに満ちた印象で映画館を出ることになるのであった。
 もちろんB級映画なのは観る前からわかっているので、満足する結果といってよい。

 

 で、後で聞いたところでは、こんなB級映画のために3500万ドルかけてたらしい。
 このB級映画に! 3500万ドル!

 旧車やPENTAX K1000みたいに、ストーリーは雑なくせに時代ディティールが細かいとか、このへんはお金がかかってたところなのかもしれない。
 コカイン・ベアももちろんCGで、流石に本物みたいなクオリティではある。動いてなければ。動くとなんか時々嘘くさい動きしてた気がするけど。
 それに、姿を隠したまま人が茂みに引きずり込まれるような、お金のかかるクマを画面に出さないようにケチってるかのようなシーンが何度もあったりもする。3500万ドルかけてるのに……。

 あとその、人が殺されるときのゴア表現も、なんか画面に直接写さないようにしてるときと、まともに頭が吹き飛ぶところを丸写しにするときがあったりして、どうも一貫しない。そのシーン作ってたときの予算残額の都合、といわれるとうなずけそうな。

 B級映画のくせに全国でやってて、場末じゃなくTOHOシネマズでやってて、UNIVERSALの配給で、エンドロールにはDENTSU INCの名前もありと、やっぱ金かかっているのだ。
 コカインきめたクマの映画に。

 そして3500万ドルかけてもそれを遥かに超える興行収入を叩き出してバッチリ大儲けらしい。世界中あほばかりである(良い意味で)。