堺風の頭部

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3m離れて指紋を写せるか

www.sankei.com

(リンク先を読売テレビから産経新聞に変更しました)

巷で話題の、3mの距離から撮影した写真で指紋を読み取られる、という話。

以前、顔認識が発達したせいで、AVに出たことのある人が写真から特定できるようになってしまった……なんて怖い話があったもんだけど、今度は指でもそうなるのかと思うと、実にディストピア感があって面白い。

面白いので、ぜひ真に受けて、頑なに指の腹をカメラに向けない人とか、指紋や虹彩をガードするためにへんなもの身に付ける人が続出したりしてほしいところだ。21世紀セキュアファッション。

 

でまあ、こういう言い方するからには、私はあまり真に受けていない。

簡単な計算で真偽がわかる話に思えたので、計算してみよう。

指紋ってどれくらいの大きさなのか?

考えたこともなかったけど、そもそも指紋とはどれくらいの大きさなのか。

検索してみると、ヒト指紋形状の力学的意味という論文が見つかって、これの2章最後によると、指紋の谷から谷の幅が平均0.46mmとのことだった。

指紋ふた山もあれば1mm近くにも達するのだから、意外と大きい。以後、計算を簡単にするため、「指紋ひと山0.5mm」としよう。

 

それを、デジタルカメラに写しこむ。

デジカメの写真は知っての通り、敷き詰められた画素単位で記録されている。

 

指紋ひと山を2ピクセル、つまり、谷を1ピクセル・山を1ピクセルで写せればOK……とはいえない。

ピクセルの切れ目と指紋の山谷がぴったり合った部分はそれでいい。が、指紋は曲がっているものだ。一部が合っても、他のところは合わない。合わないところでは、もやっと平均化されて指紋は写らないだろう。

指紋ひと山あたり何ピクセルあれば、曲がった指紋が写真に写せるか。

ここは、3ピクセルとしておこう。

実際は多分3ピクセルじゃ足りない。けれども、今回は写ってしまわないほうが好ましい話だ。計算するに当たっては、実際より指紋が写りやすいものとしておくほうが、安全マージンができる。

 

どれくらいなら指紋が写るか

ニュース映像では、「市販の2040万画素カメラ」といっていたので、適当に検索して出てきたSONY Cybershot DSC-HX60Vを例にとってみよう。

www.sony.jp

2000万画素だと、5184×3888ピクセルで記録される。

 

ニュースでは、「3mの距離から」とか言ってるんだけど、カメラにはズームやレンズ交換があるから、撮影距離だけ問題にしてもしかたがない。

野鳥を狙うような望遠レンズで3mなんて近接撮影になるし、広角レンズで3mというとかなり距離感の出る遠さになる。

あれこれ計算することもできるが、別の視点で考えよう。

 

指紋ひと山3ピクセルを要し、指紋ひと山は0.5mmだと設定している。

0.5mmを3ピクセルで記録しているとき、2040万画素デジカメの横方向5184ピクセルには、864mmの範囲を記録できることになる。

これより広い範囲を写しているときは、指紋は潰れて写らない。

 

例えば、立っている人の全身像を収めるなら、2040万画素では指紋までは写らない。女性でも1500mm前後の身長はあるわけだから、864mmの範囲では収まりきらない。

864mmだと、大体腰から上くらいを収めて撮影したら、指紋が写りそうになってくる。

バストアップとか顔アップとかだと、かなりはっきり写るだろう。

 

素数が変わるとどうなるか

素数が増えると、より指紋は写りやすくなる。

しかし、総画素数が2倍になっても、横方向・縦方向の画素数は√2倍にしかならない。

横方向5184ピクセルが、2倍の10368ピクセルになったら、1728mmの範囲を写しても指紋が読み取れる。これだと全身像でも指紋が写ってしまう。

しかしながら、横方向に2倍の画素数になっているなら、全体は4倍、つまり8160万画素になっている。

今のところ、8000万画素はかなり特殊なカメラにしかないので、まだ「全身像から指紋を読み取られる」という心配はない。

 

逆に、画素数が減っても、近づきさえすれば指紋が写ってしまう。

例えば300万画素(2048×1536)でも、341mmの範囲を写している時なら指紋まで写る。

人の頭は高さが235mm程度のものだから、顔アップだったら341mmには十分収まる。顔の横にピースサインを入れると危ない。

 

指紋盗撮・流出にどう対策するか

意図的に指紋を盗撮しようと考えると、実際かなり難しい。

テレビでは1.5mとか3mとかいっていたけれど、距離はさほど大きな問題でない。望遠レンズを使えば遠くから狙える。

 

それよりも、指紋という細かくてコントラストの低いものを、しっかり写し切るのが難しい。

ピントはしっかり指に合わせないと、ピンぼけすると読み取れない。

ブレてもいけない。できるだけシャッタースピードを速くし、ターゲットが指先を動かしていない時を狙う。指の腹をこちらに向けたままじっとしていてくれる機会なんて少ないと思うけど。

かといって、ISO感度も上げにくい。もともとコントラストの低い指紋は、感度を上げてノイズが増えると埋もれてしまう。ノイズ除去の画像処理に巻き込まれて指紋まで除去されることも考えられる。

そうすると、一眼レフなどのノイズが少ない高画質カメラを使おう、となるが、カメラが大きくなるので目立つ。それを人に向けて指先を狙ってシャッターチャンスを待っていたら完全に不審者。

 

まだまだ他にも理由が付くが、指紋を狙って盗撮される心配は、まあしなくていいと思う。難しすぎる。触ったものから指紋を転写されることのほうがよほどありえる。

 

狙って撮るのも難しいのだから、偶然指紋が写る心配もないだろう。

たまたま記念撮影をしている後ろを通りかかってしまったとか、そんなのでは鮮明に指紋が写ったりはしない。

記念撮影された本人でさえ、観光地でよく撮るような「建物や風景を大きく入れて、人は画面に入りきる程度の大きさ」といったカットであれば、ピースサインしていても指紋まで映らない。

計算もして確認してみたのだけど、ニュースがいう「3mで指紋が写った」というのは、「3mの距離から、レンズを少なくとも100mm以上まで望遠に伸ばし、ピースサインする指先にきっちりピントを合わせて撮った」ということと思われる。

ポートレートを撮影する時ならありえるシチュエーションだけど、ポートレートでなければなかなかありえない。

 

そう考えると、現実的に「うっかり知らずに指紋流出」がありえるのは、盗撮や記念写真ではなく、自撮りだろうと思う。それからレイヤーさんのような、ポートレートを撮られることが多い人。

バストアップや顔アップで、顔のすぐ横にピースサインを添えている、こういうカットは非常によくない。わざわざ指紋を晒しているようなものだ。

だが、顔の横にピースサインというのは、小顔に見せるためのテクニックらしいから、自撮り好き女子としては避けるわけにもいかないのかもしれない。

では、顔ピースでも安心な、指紋流出対策はなんだろう。

 

いきなりちょっと意外な手口から入ると、ピースする手を前に出してカメラに近づけてしまう。

カメラのピントが顔にあっていれば、手を前にだせば指先はピントから外れる。遠ざけるより近づけるほうがピンぼけになりやすいのだ。

ボケというのは別に一眼レフに限らず、近距離の撮影ならスマホでだって起こる。中途半端にやらず、思い切ってカメラに触るくらい近づけるのがいい。

まあ、カメラが顔よりも近づけた指の方にピントを合わせたりすると、一発で指紋ご提供になってしまう。自分で確認できる自撮り以外ではおすすめしない。

 

画像処理ももちろん有効。

最近のカメラやスマホアプリにあるような「美白モード」とかを使えば、肌の細かいキメは真っ白に塗りつぶされ、指紋も消し飛ぶんじゃなかろうか。

 

例のSNOWなるアプリは、顔認識技術を駆使して目鼻口を動物イラストにすり替えたりといったことをしている。

多分「ピースサインは危ない」という話が広まったら、この手のアプリが対応して、手指認識技術を盛り込んでくると思う。

そうすると、指の腹が肉球に変化するような指紋隠蔽機能が追加されるだろう。(もうあったりして)

 

シンプルな話としては、画像を小さくリサイズしてしまってもよい。どれくらい大きく鮮明に指が写っているかによるが、小さくすれば指紋のような細かい情報は潰れる。

SNSに流す程度なら、2000万画素の写真をそのまま使う利点も特にない。640×480とか1024×768程度でもさほど不足はないだろう。

指紋すらはっきり読み取れるくらい鮮明な高画質写真だったら、整えてから伸びかけている眉毛とか、肉眼でも気づかないようなヒゲとか、鼻の毛穴の黒ずみとか、写ってほしくないものまで写っていることと思う。その点でも、SNSにアップする画像は小さくしてからの方がよい。

 

ソーシャルな対策

そもそも論になるけれど、ただ「写真から指紋が取れた」という出来事だけでは、別に大したことは起きない。

こういう「個人を特定できる情報」は、個人が特定されていない情報と結び付けられて初めて効果が発揮される。結びつける先がなければどうにもならない。

 

個人レベルでの問題としては、複数のペルソナを使い分けながら別のことをやっているのを、指紋で結び付けられる、ということかと思う。

gigazine.net

冒頭でも少し触れた、「顔からAV出演がバレる」といった話は確かに怖い。

 

とはいえ、上で検証したとおり、指紋が「たまたま写る」という可能性は低い。

顔認識で怖いのは、「街で気付かずに撮られた顔写真から照合される」という顔情報の入手のしやすさだけど、指紋はその心配は非常に少ない。

また、顔のデータベースであれば色々な映像メディアからサンプリングできるが、指紋はそもそも映像・写真に写しにくい以上、データベースが作りづらい。(まあこんな時代だから、ネット上にあるあらゆる画像・映像から判別可能な指紋を自動収集してる不気味なクロウラーがいる可能性も否定しないけど)

「指紋からAV出演がバレる」のは、まあ、それほど心配しなくていいと思う。まず、指紋より先に顔からバレる。

まあ、頻繁に顔アップのポートレートを撮らせているレイヤーさんが、顔出しNGのコスプレAVに別名で出演しているのが、映像に写っていた手のアップから指紋が割れて特定される、みたいなケースは、考えれば考えられるけれど。

 

指紋の大規模なデータベースを持っている組織はある。警察。

未検挙の犯罪者が、罪を隠したまま日常生活を送っていたが、SNSにアップした自撮り写真から指紋がバレて、事件現場に残っていた指紋と照合されて御用、なんてことならありえるかも。潜伏中の犯罪者は気をつけたほうがいいかもしれない。

 

もし、あなたが芸能人であるとか、富豪であるとか、政府要人であるとかなら、指を写されないよう気をつけたほうがいいかとは思う。

スマホ指紋認証ロックを設定していたらそれを盗まれ、さらに写真から取った指紋データを元にニセ指先を作られ、ロックを解除されて機密情報やプライバシー、金銭が流出する、といったことがありえる。

大抵の人は、持っている情報にそんな価値がないから、そこまでやる意味がない。

 

プライバシーに大きな価値を持たれる存在でありながら、カメラに頻繁に顔アップで指先を晒し、自らセキュリティ危機を振りまいている人物として、この人を挙げて、この話のオチとしようと思います。