堺風の頭部

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盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律について

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 東池袋のマンションに複数名の強盗が押し入り、そのうち一人が住民に反撃されて死亡する、という事例があったそうだ。
 ここで犯人を刺した被害者の方に正当防衛が成立するか、というところで、若狭弁護士が「特別な法律がある」という。

 何のことかとぐぐってみると、「盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律」というのがあった。盗犯防止法、といえば通るらしい。

 

どんな法なのか

 去年改正されてるけど、これは「拘禁刑」とあるのが「懲役」に修正されただけ。(刑法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律案の新旧対象条文を見るとわかるけど、1549ページあるPDF注意)

 おおむね、1930年に作られてから大きく変更されていない法律らしい。

 その時期というと、第一次大戦の戦後恐慌があって(私のまわりに通じやすい話でいうと、「男たちの好日」で総武沃度株式会社が終戦による需要急減で倒産する時期)、そのまま20年代いっぱいが不況となっていたところに、世界恐慌が起きて緊縮財政で対応する致命的誤りを犯して昭和恐慌に至る、日本経済最悪の時期。
 そんな頃だから窃盗や強盗も続発してたんだろうし、必要にかられてできるべくしてできた法律なんだろうと思われる。

 

 法律の第一条は、盗犯に対しての正当防衛は認める要件を甘くする、という内容。
 第二~四条は常習犯について罪を重くする内容。

 もちろん今回の事件については第一条にかかわるところ。
 第一条が、ざっとこんな内容だった。(正確性は保証しない)

  • 以下の場合に、自分または他人の生命・身体・貞操に対する現在の危険を排除するために犯人を殺傷したなら、それは正当防衛だとする
    • 盗犯を防止する、盗まれた財物を取り返そうとするとき
    • 人の住居や人が番をしている建物・船舶に、凶器を持ってきた、または、門や壁を壊したり乗り越える、鍵を壊すことで侵入しようとするのを止めようとするとき
    • 前述の建物・船舶に、理由もなく侵入した者や、退去しろと要求されても応じず居座っている者を追い出そうとするとき
  • 上記の場合において、生命・身体・貞操の現在の危険があるわけではなくても、恐怖・驚愕・興奮・狼狽により、現場で犯人を殺傷してしまった場合、罰しない

 法律って、独裁国とかでなければ、「なにかあったから作られる」はずだから、おそらく、原因になる事件があったんだと思う。
 「ひったくりを追いかけてタックルしたら倒れた拍子に頭を打って犯人が死んだ」とか、「素手で忍び込んだこそ泥にはちあわせして驚いた住民が包丁で斬りつけてしまった」とか、刑法上の正当防衛とするには難しいような、しかしそれを殺人や過失致死で罰するのもむごいような事例がたくさん出てしまうほど、大小の窃盗事件が続発してたんじゃないか。

 

 古い法律だけあって、条文そのまま読んでしまうとかなり荒っぽい法律にも見える。
 これを安易に適用したら、「泥棒だからぶっ殺してOK」みたいな無茶が通る。

 

判例

 過去の判例。事件番号 平成6(し)71。

 高校3年生の少年が、7人の中学3年生からカツアゲ目的で難癖をつけられ、人通りの少ないビル前通路に行くよう要求された。高校生は、護身用にナイフを持っていたからそれに応じた。
 そこで中学生7人がそれぞれ高校生に暴行を加え始め(うち1名はメリケンサック装備)、高校生は大声をあげて助けを求めるなどはせず、逃げ出そうとはしたものの逃げ切れず、防御態勢を数分にわたって取っていた。
 そしてナイフを取り出し、素手で殴りかかってくる中学生のひとりに、「やられる前にやる、殺しても構わない」と認識した上で、左胸をナイフで刺し、それが心臓に刺さって失血死した。

 それで、高校生の方は過剰防衛とされ、中等少年院送致となっていた。
 その決定に対して、これは中学生7人の方が強盗犯にあたるから、高校生がナイフで反撃して殺したのは、盗犯防止法1条に基づく正当防衛が成立すべき、として、抗告していたのが棄却された、という判例

 盗犯防止法の条文を単純に読んでしまうと、中学生7人は強盗犯だし、現に暴行を受けていて危険はあるし、特に盗犯被害者側の殺意の有無や、防衛側の過剰さなどへの制限もない法律だから、高校生が中学生を刺殺したのは許される……ようには見える。
 しかしそんなわけがなく、「現在の危険を排除する手段として相当性を有するものであることが必要」という判例ができた。
 この件では、強盗側はひとりがメリケンサックしてただけで命に危険があるとはいえない、それなのに、ナイフで威嚇することもなくいきなり胸を刺すのは過剰で、相当性があるとはいえない、と。

 

 もうひとつ判例。これはだいぶ前で、昭和26(れ)1556。

 殺人罪で有罪判決を受けた被告が、これは盗犯防止法一条の正当防衛にあたるから有罪は不当だ、と最高裁に上告した事件。

 被告と女性Bが同居している家に、別のCという人物にBを連れ出すよう頼まれた被害者A他数名が訪れる。もともとBはCの情婦で、被告の家に預けていたら被告とBが情交を結ぶに至り、それがCに知られてモメていた。
 訪れたAらに対して、被告は自ら戸を開いて「用があるなら入ってくれ」と挨拶したが、Aは「外へ頼まれてくれ」と腕を引っ張った。
 これで被告は、Aらが喧嘩に来たんだと思い、一旦引き延ばそうと「食事中だから」と家に戻った。これを追いかけてAらは土間に侵入、さらにAは「頼まれてくれといってるのに食事をするとは常識がないやつだ」といって土足のまま座敷に上がり込み、食卓をひっくり返し、Bを殴りつけた。
 そこから、被告やBが退去を求めることなく、被告がAを殺害した。

 高裁の判決では、被告が「用があるなら入ってくれ」と挨拶していること、Aらも不法な目的を持って訪れたわけではない、として、盗犯防止法一条三項には該当しないとして、正当防衛は認めなかった。

 この判例最高裁では、Aは暴行の目的をもって押し入っているのだから、盗犯防止法一条三項の「故ナク人ノ住居ニ侵入シタル者」にあたるとし、あたらないとした原判決は破棄しなければ著しく正義に反する、として高裁差し戻しの判決。
 盗犯ですらない侵入者で、それを殺害までしたケースに盗犯防止法が適用されてるというのはかなり際どい感じもする。

 

 それで、ひとりだけ反対した裁判官があった。
 これは喧嘩であって、喧嘩は相互の侵害行為だから正当防衛の観念を入れる余地がないのは多くの判例の通り。情婦を奪ったという不道義が被告にある以上、喧嘩になるのは予見していたはず。
 また盗犯防止法は、当時の経済的混乱による強盗やゆすり、押し売りなどが横行したから作られた法律で、この第一条も盗犯を働いている、働こうとしているのを止めるときのみ適用されるべき。今回のような盗犯ではない事件で、不法侵入であることだけを理由に適用すべきではない。

 上の反対意見の中に、「本法に対する論議の中心は右一条の規定であつて斬捨御免の悪法であるとの非難のあつた法条である」とまである。
 たしかに条文そのまま何も考えずに適用したら、「家に誘い込んで、出て行けといっても出ていかない形を作れば殺してもよい」というようなことになってしまう。私の素人目にも、かなり悪法に見える。

 

 第一次大戦の戦後反動不況に関東大震災があり、さらに世界恐慌からの昭和恐慌、という経済的に破滅しかけるほどの状況で生まれた法律が、戦後まもない昭和26年でさえ悪法だという裁判官もいるくらいの内容のまま、100年近くそのままほったらかされてしまった。
 まあ高度成長期以降であれば、この法律でモメるような盗犯事件がそもそもあまりなかったんだろうとも思う。事件も減っただろうし、命あっての物種と盗犯にそこまで反撃を試みる人も減ってたんじゃなかろうか。
 それが、2023年にもなって闇バイト強盗なんてものが横行するようになり、ついに被害者に返り討ちにあう強盗犯まで出てしまい、こんな法律が今更見つけられてしまった、と。