堺風の頭部

徘徊、カメラ、PC、その他。

「俺の嫁」について

 Mastodonのタイムラインに、配偶者を「嫁」と呼ぶのはいつから始まったのか、というような話題が流れてきていた。

 

 「嫁」だなんて封建社会のイエに迎えるみたいで、今の時代にはあまり良い呼び方ではないよな、というのはまず前提にあって、それは私も同意する。
 しかし昔から当たり前に使ってたわけでもないのに、なぜそんな語が流行っていったのか、というので、ダウンタウンの浜田あたりのお笑い芸人由来じゃないかとか諸説が出てきていた。
 そこで、「オタクが好きなキャラを『俺の嫁』といってるのが広まった」というような説が飛び出してきた。

 

 私からすると、「俺の嫁」なんてのはかなり昔に廃れた表現だったように思う。10年前にもう聞いてないくらいじゃないかな。
 まるで専有するかのようなニュアンスがある「嫁」が廃れて、あくまで見てる立場だと明確化する「推し」などに変化して久しい。

 「嫁」という言い方が廃れたことに対して、「今時のオタクはお気に入りのキャラクターを自分のものだと宣言することもできないほど軟弱」みたいな無茶苦茶なケチをつけられてた覚えすらあるのだけどなあ。流石にこれはソース出ないけれど。

 

 「嫁」という言い方は良くないといってる流れのところで、そんな古い流行語をもって、嫁と呼ぶのはオタクが起源だといわれても、いささか気分が悪いものはある。
 別に「オタク」という集団に仲間意識はないけれど、雑に非難されると巻き込まれる場所にいるからな。

 

 とはいえ、世間様がオタク界隈の流行りをつまみ食いして、いつのまにやら浸透して、オタクの方が気づく時には「今頃そんな古臭いネタを?」となってるのも時々あるから、「嫁」もそれである可能性がなくはないのだけれど。
 このへんは、テレビも持たない私にはちょっと追えそうもない。

 

いつ頃の言葉だったかググってみる

 ネットスラングとしてなら、多少は当時の現場もわかるだろうし、ネットのことはネットで、ということで、ぐぐってみよう。

 

 2023年3月現在、「俺の嫁」という言葉がどう使われているかというと、同人抱きまくら即売会のイベント名称だった。
 この「俺の嫁」、かなり回数を重ねているイベントのようで、第一回はいつだったのか知りたいのだけど、公式サイトからはよくわからなかった。検索すると、Yahoo!知恵袋に、2010年5月頃に第3回が開催されたらしい形跡がある。もう少し前からやってるんだろう。

 

 まさかのウィキペディアにも項目があった
 参考文献も書いてあるけど、これらもやはり2008年やそれくらいの時期の記事に集中している。

 スラングに関してはニコニコ大百科も強いが、内容的にはうぃきぺと大差はなかった。関連項目が用例のように挙げられていて、「長門俺の嫁」「初音ミク俺の嫁」がある。「涼宮ハルヒの憂鬱」放送は2006年。ボーカロイド初音ミクは2007年発売。

 もうひとつPixiv百科事典を見ると、こちらには女性同人作家の方で使い始めたという説が書かれている。Pixivだから女性ユーザーも多いだろうし、実際にそういうのを見てきた上で書いてる気はするが、裏がどこかで取れるだろうか。
 同人用語の基礎知識を当たってみたけど、「俺の嫁」も「嫁」も立項されていなかった。私には、古くからやってる女性同人作家がそういう話をしてそうなサイトが他にわからない。

 あとはGoogleトレンドで「俺の嫁」の検索動向を見ると、およそ2007年くらいからよく検索され始めているようだ。
 時期的に、「長門俺の嫁」が流行語としての元祖かもしれない。

 

 ただ、二次元のキャラクターと結婚する、と発言する人はもっと前からいて、本田透氏などは川名みさき(1998年のゲーム「ONE ~輝く季節へ~」のヒロイン)と結婚してると言ってたはずで。
 彼のそのあたりの話が世に出たのは、2005年の著作「電波男」だった。二次元キャラと結婚してるという話自体はもっと前からネットでやってたはず。
 「俺の嫁」という言葉が出てたかは今はちょっと本が手元になくて確認できないが、そういうことを言う人はゼロ年代前半から存在していた。

 本田透氏は「イタすぎてすごい人」みたいな感じで、誰もがカジュアルに真似をする存在じゃなかったと思うけど、時をおいて彼の撒いた種が芽吹いて流行語化した、というのもあるかもしれない。

 掘ればもっと過去の事例とかも出てくるだろうけど、ちょっと私の手には余る。
 ネットスラングとしての流行はゼロ年代後半かな、くらいにしておこう。

 

 それと、ネットで「俺の嫁」なんて言葉を使ってはしゃぐのも、あの頃にはわざわざ公然とオタクくさい行動や発言をして悪目立ちを狙うようなのがあったのと関連してるようにも思う。「ハレ晴レユカイ」を集団でアキバの歩行者天国で踊るとか。
 一種の露悪というか、露オタクが「勇者」みたいに持ち上げられるような空気ね。
 「俺の嫁」とネットに書き込みまくるというのも、そういうところから生まれた浮かれ行動に思える。当時使ってたシーンがそういう場だったように思う。

 それはあくまで、少し前までオタクがバッシングされていた中で、ネットでオタクが全国に遍在していると可視化されるとともに噴出した流れだろうとも思う。今ではなかなか、オタクであること自体をあらわにして浮かれるというのは、感覚的にわからないと思う。

 

恋愛ゲームの影響で生まれた説

 私は恋愛もののコンテンツを見ても、主人公に自己投影するような見方はできない。
 あくまで他人と他人の話としてしか見られない。
 2009年にラブプラスが流行ったときに、私はニンテンドーDSに映ってるキャラクターに話しかけられずにゲームを進行できなかった。なんか口を開くと主人公と私が同一化されてしまうように感じられて、不気味というか、どうも無理だった。

 

 しかしそれは私のほうがオタクとしてはちょっと特殊で、私くらいの世代は、小さい頃からファミコンやって育ち、成人する前後には空前のPCギャルゲーブームがやってきたもんだった。
 ゲームは、主人公の視点で物語が展開されて、しかも主人公の行動をプレイヤーが決定できる。

 映画やテレビドラマ、アニメまで入れても、映像作品って主人公視点でずっと画面を描くなんて、普通はやらない。全編それでやるなんて一部のホラー作品とか、かなり特殊な作品に限るでしょ。
 ゲームだとざらにある。

 小説に関しては一人称で書かれるものがあるけれど、小説の主人公の行動を読者が左右できない。主人公は作者が書いたようにしか動かない。
 ゲームだと主人公の行動をプレイヤーの意思で決められる。

 そういうのを子供の頃からずっとやってたら、物語の受け止め方については過去にない形に習熟していくだろうと。
 ラブプラスはできない私が少数派で、ヒット作で話題作だったから。

 

 それで「俺の嫁」に戻ってくるのだけど、この言葉は、キャラクターと自分とに直接の関係性をつけてしまう発言なわけで、ゲーム育ちで作品の中に自分を入れてしまうことに慣れちゃってるから出てくる感じがする。

 「俺の嫁」という言葉はアニメキャラに使われがちだった実績があるけど、言葉が生まれる以前のゼロ年代前半に、キャラクターを嫁扱いする下地を作ってたのはゲーム育ちの世代だ。

 

なんで「嫁」になったか

 配偶者の呼び方は他にも色々あるのに、なぜ「嫁」で流行ったか。

 これはあれ、ゼロ年代の特に前半に、オタク層に強かったゲームって、商売上の理由だったり成り行きだったりで、PC用のアダルトゲームの体をとっていた。
 プレイヤー層は、2000年ごろに自分のパソコンを買って遊んでたわけだから、大学生から20代始めくらいのところでしょ。
 その年齢で、ポルノコンテンツの文脈で「妻」とか「奥さん」という言葉が出てきたら、年上感が出すぎて、自分と離れた年齢が思い浮かんでしまう。

 

 「嫁」というのは、消去法的に、また語呂が良くて選ばれただけじゃないかな。

 ゼロ年代前半の若い子に、言葉の封建性まで気にしろというのもちと酷じゃないかなあ。「つれあい」「パートナー」といった現代的な言い方は、ちょっと自然には出て来なかった。

 

俺の嫁」の衰退

 流行り言葉の衰退なんて、原因も時期もなかなか決められないから、多少の根拠を添えつつ勝手に決めるしかないけれど。

 

 「生まれる→使われまくる→元々使ってた人たちの外に出てしまう→鬱陶しくなる→廃れる」というのが流行語盛衰の通常パターンかと思う。チョベリバとか女子高生の外に飛び出しておっさんの耳にまで入った時点であとはもう廃れるだけ。

 ニコニコ百科事典での記述では、さすがニコニコ動画由来の辞典だけあって、(動画のコメントに「俺の嫁」と書くと)「視聴者同士で嫁を奪い合う醜い嫁戦争に発展することもある」という、当時のこの言葉のリアルな姿が書かれていた。

 そうすると、こんな感じだろうか。
 ニコ動の画面に流れるコメントとして使われ始めた頃、本当に争いが起きてた。
 すると「俺の嫁」と書き込めば争いを起こせると荒らしが認識し、そこらじゅうで「俺の嫁」と書き込んではモメさせるようになる。
 そのうちみんなが、これは荒らすための言葉だと認識して、使わなくなり、反応することもなくなる。
 荒らしもこれでは釣れないと理解して、使わなくなる。
 そして言葉が廃れる……というような過程が、ニコニコ動画内ではあったんじゃなかろうか。

 

 また、Pixiv百科事典には「同担拒否の意味合いはない」とあるのだけど、ちょっと言葉自体の意味合いからしてそれは無理がある。ないなら嫁戦争は起きない。
 実際問題として、同担拒否の意味合いがないと明確な、アイドル用語の「推し」が二次元界隈にも広まって代替されていったわけでね。

 同担拒否というのは通常は女性オタクの間で使われる言葉で、男性はそもそもそんなこと気にしない……という通説はあるし実際そう思うけれど、「俺の嫁」と公然と発言したらそりゃ周囲に対して占有権を宣言してるようになってしまって、嫌がられもする。

 また、「俺の嫁」という言葉を使うシーンって、揉め事を招きそうな意味合いの言葉なのにわざわざ公然と使ってみせるという、露悪的、悪ノリ的なところがあるようにも思う。
 そういう言葉が流行ったのが、秋葉原に集結してハルヒダンス踊るとかそういう悪ノリが流行った時期というのも、あの頃のノリを思い出すものはある。
(無論ああいう騒ぎ方をするオタクを苦々しく見ていたオタクというのも少なからず居たので、騒ぐのが当時の主流派だとするのは、目立つところだけ見えてるような視点ではあるけれど)

 今は別に、そういう悪ノリする必要も理由もあんまりない感じがあるし、時代とともに消えていったのかなあ。

 

 以上、ググったり思い出したり裏を取ったり取らなかったりした。特にオチはない。