堺風の頭部

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外国人への生活保護が違憲という人を見て驚いたので、判決文読んだりしてみた

 去年、行政書士試験を受けたのだけど、あいにく不合格だった。
 法律学んだこともないのに、いきなり1年弱ほど勉強して、300点満点の180点合格で174点で落ちたの。もうね。

 それでまた勉強し直してるところなのだけど、そんなところに「外国人への生活保護違憲判決が下った」と言ってる人を見かけてだな。
 行政書士試験の科目に憲法もあるもんで、違憲判決は一通りさらっておかんといけない。で、去年勉強してた段階では聞いていなかった。新たな判例だろうか。

 と、検索してすぐにヒットしたのが、そういうデマをネトウヨが流してたという数年前の記事であった。ずっこけるわ。

 

 実際のところは、2014年に「外国人は生活保護法の対象外である」という判決が最高裁でくだされたというものだった。憲法になんか全く触れてない。
 最高裁での違憲判決があったら大きな話になるから、2018年に行政書士試験の勉強したら耳に入るはずよね。

 「違憲判決」って、日本国憲法下で20件ちょっとしかない重大なことなので、デマにするにはあんまり適してないと思う。法律に詳しい人からは即座に否定され、私くらいのうすーく齧っただけの素人にさえ怪しいと思われるから、強度が低い。
 まあ、差別デマを信じて気持ちよくなりたい人向けのものかもしれんけども、そういう気色悪い遊びしてる人とは近づきたくないな。

 

判決について

 判決については、荻上チキさんのラジオのサイトで、判決文が全文掲載されていた。
 「平成24年(行ヒ)第45号」と事件番号があるんだけど、裁判所のウェブサイトで最高裁判例を検索しても、それはヒットしない。

 最高裁の判決も多数下されてるから、判例として収録されるのはごく一部らしい。

 高裁判決を経て最高裁に上がってきていて、「福岡高等裁判所平成22年(行コ)第38号生活保護開始決定義務付け等請求事件」が高裁での前審なんだけど、これも裁判所ウェブでは検索できなかった。

 

 当事者が「別紙当事者目録記載のとおり」とあるけれど、別紙がない。
 高裁では行政側の敗訴で「生活保護申請却下処分を取消す」と判決されているので、最高裁でいう「上告人」は大分市長、「被上告人」が生活保護を拒否された永住外国人の女性。のはず。

 

 

 女性は、夫が入院してから夫の弟と暮らすようになったけど、通帳や印鑑をとりあげられて生活費にも事欠くような虐待を受けていて、生活保護を申請した。
 しかし大分市は、女性と夫名義の預金残高が十分あるからと、申請を却下した。(その後改めて申請して、保護措置は開始されている)

 生活保護法1条で、「国が生活に困窮するすべての国民」と対象者を指定している(国民の定義は国籍法)。
 今回の女性は永住外国人なので、(日本の)国民ではない。

 ただし、昭和29年に厚生省から「外国人は生活保護の対象ではないけれども、当分の間は生活に困窮する外国人にも生活保護に準じた保護を行う」という旨の通知が出た。
 平成2年に、外国人誰でもじゃなくて、永住的外国人に限るという方針が厚生省から出た。

 

 で、高裁で「生活保護申請却下を取消す」と判断されたのには、昭和56年に日本が難民条約に加入したことがある。
 そこに「合法的に滞在する難民に、自国民と同等の公的扶助・援助を与える」という定めがあった。それで、公的扶助に関する法律のうち「国民」と対象を限っているものについて、国民年金法や児童扶養手当法などは国民に限らないように改正された。
 しかし生活保護法はその改正がない。改正しなかったのは、すでに外国人にも同等の保護を実施しているから必要がない、という答弁を、衆議院法務・外務・労働委員会の連合審査会で、政府委員が行った。

 だったら、外国人にも保護をすべきだと立法府(国会の委員会で議論されてそうなってる)・行政府(政府委員は省庁の局長級がやるので)が是認している、ということで、高裁は行政が生活保護申請を却下するのは不当だと判断した。

 

 しかし最高裁の判断では、単純に「生活保護法は国民を対象とし、外国人は含まない」とした。
 生活保護法は昭和25年制定で、70年近く過ぎてるけど未だに外国人を対象とする改正はされていない。外国人に対して行われているのは生活保護じゃなくて、生活保護に準じる行政上の措置。

 よって、「外国人に生活保護を開始すべき」とした高裁判決は明らかな法令違反がある、と。

 

思ったことなど

 最高裁って、事実関係の争いとかは(覆すような証拠が出ているのでなければ)やらなくて、証言を聞いたりもしない。そういうのは高裁までに済んでるとされる。
 前判決が法的に正しいかどうかを審理するところ。

 で、「高裁の判決は違法」と今回は判断した。
 単に法律上どうなってるかという判断だけだと、「外国人からの生活保護申請の却下を取消す」という高裁の判決は確かに、法律に定められてないことを行政にやらせようとしてる感じがある。
 三権分立のルールに従うと、司法権が行政権や立法権を侵害してることになっちゃうんじゃないかな。

 高裁が「生活保護に準じた行政上の保護を行うべき」という判決を下してたら、最高裁での争点は変わったかもしれない。
 なんで生活保護としちゃったんだろう。何か理由があったんだろうとは思うけど。

 

最高裁までの経緯

 立命館法学という雑誌のバックナンバーがウェブ公開されていて、2015年第3号にこの裁判について斎藤浩教授が批判している論説があった。

 

 こっちには、もっと詳しい事案の解説があった。

 まず、外国人だけど生活保護を申請した。
 受けられるのは生活保護ではないけれど、そんなことを知っていろというのも無茶だし、受ける行政の方で生活保護に準じる保護の申請を受けたと取り扱うのが普通なんだと思う。

 それは却下処分となった。
 「申請」に対しては「却下」か「棄却」がある。
 却下はそもそも申請の要件を満たしていない場合。棄却は、要件は満たしているけど審査した上で申請を受け付けないこと。却下と棄却をひっくるめて「拒否」。
 最高裁の判決文によれば、却下の理由は、本人と夫名義の預金残高があるからだった。つまり生活保護受給の要件を満たしていないと却下。

 

 こういう場合に行政と争うなら、行政不服審査行政訴訟とがある。

 生活保護法の場合は審査請求前置主義、行政訴訟の前に審査請求をしなければならない。で、行ってるけど大分県知事に却下されている。
 行政不服審査法は行政による「処分」への不服申立をするもので、そもそも生活保護法の対象でない外国人からの申請を却下したのは「処分」に該当しない、というのが県知事の言い分とのこと。正当かどうかはわからない。
 それで訴訟に。

 

 訴訟の内容は、

  • 生活保護申請の却下処分を取消す取消訴訟
  • 生活保護を開始するよう義務付ける義務付け訴訟
  • 保護の給付を求める当事者訴訟(第一次予備的請求)
  • 保護を受ける地位の確認を求める当事者訴訟(第二次予備的請求)

 当事者訴訟というのは、抗告訴訟と対になる。
 抗告訴訟は、行政の公権力行使自体に対して行われる。却下処分という公権力の行使を取り消せ、生活保護の開始という公権力を行使する義務を果たせ、と。
 当事者訴訟は、直接公権力行使自体を争うのではないもの。

 先のふたつの抗告訴訟が主位的請求、後のふたつは予備的請求となっている。
 これはどういうものだ。主位的請求と予備的請求は両立しないものらしいので、予備的請求は、主位的請求が却下された時に、生活保護でないにしても何らかの保護を給付されるべきだろう、そういう地位にあるだろうと訴えてることになるのかな。

 

 で、地裁では、まず「外国人は生活保護法の対象外だけど、厚生省通知に基づく生活保護に準ずる措置を申請した」のだと認定している。
 しかしそう認定した上で、通知にもとづく行政の保護措置としても生活保護としても、却下処分取り消し・生活保護開始義務付けともに却下。予備的請求の部分も棄却した。

 

 控訴して高裁に持っていくにあたり、

  • 厚生省通知に基づく保護の給付を求める当事者訴訟
  • 通知に基づく保護を受ける地位の確認を求める当事者訴訟

 を追加した。

 高裁で争って、そもそもの申請が生活保護法に基づくものであるとされ、「生活保護申請の却下処分を取消す」という訴えを認めた。
 「生活保護を開始するよう義務付け」は却下(申請却下が取り消されたから当然保護も開始されるはずで、それが行われていないという状況ではまだないから、開始義務付けをする理由がない、ということかな)。
 「保護の給付」と「厚生省通知に基づく保護の給付」は棄却(保護を求めることはできるにしても生活保護の受給で足りる、という判断かと思う)。「地位の確認」は却下。

 

 で、大分市が上告して最高裁判決に至る。

 上告は、大分市が敗訴した部分、つまりは「生活保護申請の却下処分を取消す」という点だけになった。
 「保護開始義務付け」とか「保護の給付・地位確認」「通知に基づく保護の給付・地位確認」はそもそも上告されてないので扱われていない。
 最高裁は、「生活保護申請却下処分取消しが適法かどうか」だけ争った末、「却下処分取消しは違法」と判断した。

 

思ったことなど

 別に行政書士試験に落ちただけの素人たる私がいうことでもないけれど、やっぱり高裁判決がなんか不思議なものに見えるなあ。
 わざわざ、これまで認められてきた厚生省通知に基づく保護じゃなく、これまで認められているわけでもない生活保護の方を認める形の判決を下してしまって、それを最高裁から法律違反だと突っ込まれてる。

 そもそも保護対象を国民に限る生活保護法が問題だ、という考えもわかるし、そもそも他の法律は改正したのに生活保護法は国民限定で改正しないまま何十年と放置してるのが正当でもないように思う。
 「国民と書いてるから国民だけだ」といっちゃうと、憲法第11条なんか「基本的人権の享有を妨げられないのは国民だけで、外国人に人権はない」みたいに読めちゃうし。他の条文には「何人も」って国籍を限定しないものもあるのに、基本的人権に「国民」としちゃってるのはなんなんだろう。

 

 ともあれ、私にはどっちが正しいなどと判断できるもんではないけれど、あれこれ判決やら解説を読んでみるのは興味深くて面白かった。