今日は豆腐の日、と聞いたのだが、私は豆腐メーカーに勤務したことがあるという変わった過去があるので、その時知ったことを書き記してみよう。
美味しい豆腐について
「豆腐はあまり味がないから、醤油で味をつけて食べるもの」と思ってる人も多いのだけど、コストかけてしっかり作った豆腐は大豆の旨味・甘みがかなり強く、とても味がないなんてものではない。
どういう豆腐は味がするかというと、大豆をケチらずに濃く作ってあることが第一。
水とか凝固剤とかいろいろな要素がありそうに思うけれど、私の感覚だと、そもそもの豆乳の濃度が一番影響すると思う。
だから、原価さえ上がってよければ、そこらの小さな町工場でも美味しい豆腐は作れる。勤め先もそういうところだった。
大層なブランド豆腐かのように謳っていた高い豆腐をを食べたら薄くて不味かったこともあったので、値段だけで判断はできないけど、濃くすると原価が上がるという避けようのない事実がある以上、安い豆腐は味がしないと言わざるを得ない。
大豆の品種について
大豆はいろいろ品種があって、豆腐向けのものもあれば、煮豆向けとか醤油向けとか造り分けられている。
豆腐向けの最もポピュラーな品種はフクユタカで、これはタンパク質と糖分の含有率が高い。
糖分が高いと甘みが出る。これは当然。
タンパク質が多いと、凝固剤(にがりとか)に反応しやすく、固く仕上がりやすい。
タンパク質が多い大豆なら固く仕上がる、つまり、かなり薄くしても豆腐と呼べるものができあがる。だから安豆腐を作ることもできる。
「国産大豆使用」とか「フクユタカ100%」と謳っていても、やっぱり安ければ原価なりの薄さになって、別に美味しくならない。
フクユタカで濃く作った豆腐は、箸を入れたら抵抗感があるくらいしっかりしていて、そして味も豊かで美味しいんだけどな。
(なお、ここまでの硬さの話はいわゆる絹ごし豆腐でのこと。正しくは充填豆腐といって、プラケースに固まる前の豆乳を流し込んで、包装して冷やしてそのまま固める。いわゆる木綿豆腐は、水分を絞って圧縮するものなので必然固くなる)
北海道大豆
フクユタカはあまり寒いところでは育たず、北海道では確か作ってないんだったかな。
北海道では、糖分が低くて低タンパクな、煮豆向けの品種などを作っている。
高糖低タンパクな大豆だと、豆腐にするならかなり濃くしないと固まらない。
そんな豆腐となれば、必然的に甘くて美味しい豆腐になる。
男前豆腐店あたりは北海道産大豆で作った豆腐を出していて、食べてみたらたしかに美味しかった。この商品などは品種まで明示している。ユキホマレなら確かに煮豆向け大豆で、「北海道産だけど実は私の知らない豆腐向け高タンパク大豆」ってことはない。
パッケージの趣味が合う合わないは置いといて、少なくとも関西で手に入りやすい中では優良に思う。
輸入大豆
輸入大豆については、私が豆腐メーカーに務めていたのがかなり前で、今と事情が違いそうだけれど。
当時はアメリカやカナダの大豆を輸入して使ってたけど、国産フクユタカと比べても少しやすいだけで、為替などによっては国産のほうが安くなるくらい。
中国は昔から大豆の生産が多いし、今だと中国産大豆の豆腐もありそうなんだけど、あんまり見かける印象ないのよね。輸入商社のページで、「中国産大豆は主に味噌や納豆用に使われます。」とあるくらいで、あまり豆腐には流行ってないかな。
私は「輸入大豆だからダメ」とは思ってない。やっぱりカナダ大豆でも濃く作るとちゃんと美味しい。中国大豆のは食べたことないから判断できない。
けれどまあ、アメリカ・カナダだと遺伝子組換えがあって不安だとか、中国産食品は一時は検査体制など不安なニュースもあったとか、嫌だというなら止められない。
それと、「脱脂加工大豆」という、大豆から油分を抽出したものがあるんだけれど、これは使ってたらそのように原材料表示されるんで、表示なく使ってることはないはず。醤油なんかは脱脂加工大豆使うことが多いんだったかな。
少なくとも、表示して脱脂加工大豆を使ってる豆腐は私は見覚えない。「激安豆腐は脱脂加工大豆=大豆の絞りカスを使ってる」という話は、まあスルーしていい。
また、脱脂加工大豆はそんな食品原料として怪しいものでもないので、変に不安視しなくてもいいと思う。これも嫌だというなら止められないが。
凝固剤について
豆腐に固めるためには、凝固剤をいれる。
伝統的には「にがり」、海水からの製塩でとれる副産物で、主に塩化マグネシウムを成分にしている。成分表示は「粗製海水塩化マグネシウム」となっている。
やはりにがりで作った豆腐のほうが美味しい、と経験的には思う。味に深みがでるというか。
硫酸カルシウム(焼石膏)で固めるものもよくある。豆腐業界的には「すまし粉」と呼ぶ。
こちらは凝固するスピードが遅くて、なめらかな豆腐ができる。反応が早いにがりだと、若干ざらっとするというか、粒子が大きい感じになる。
味は、にがりと比べるとやや淡白になる印象だった。
あとはグルコン酸、グルコノデルタラクトン。
機械製造に使いやすいとか、まあ薄くても固まるからコストを下げられるとかメリットもある。(勤め先で使ってなかったのであまり詳しくない)
プレミアムな豆腐ならおそらくにがりを使うし、味なら私もにがりが良いとは思う。
けれどそれぞれ長所もあり、造り手が特に舌触りを重視しするならにがりよりすまし粉がいい。グルコン酸にこだわる豆腐屋さん(気合豆腐 埼玉屋)も見つけた。
味を左右はするけれども、「にがりだから美味い」「グルコン酸だから不味い」と単純に判断できるほど決定的でもない。
水について
豆腐の成分を測ったら大部分は水分、そりゃそうなんだけれど、水のわずかな雑味の有無がそこまで味に影響しないよ。
水のミネラル分がどうとかいったって、豆腐って塩化マグネシウムとか炭酸カルシウムを凝固剤として加えるもんなんだし。
作る方は、味を追求するならまず濃く作るのが大前提だということは知ってるだろうし、それから大豆の品種による味の差が大きくて、凝固剤の差があって、その後でやっと水、というのはわかってるはずだけどな。
すべて追求した上で水まで完璧に選びぬいたプレミアム豆腐を完成させた人がいれば、それはそれで敬意を払うし食べてみたい。
けれど、濃度も品種も凝固剤もすっ飛ばして水ばっかアピールしてるなら怪しいと思う。
結論
私は濃度が最重要だと思ってるので、美味しくするには原価上げなくちゃ仕方ない、ということになる。(北海道産の煮豆用大豆なら美味い、というのも、そういう大豆だと濃くしないと豆腐に固まらないので、やはり濃度に行き着く)
格安なのに美味い豆腐、というのは残念ながらまず存在できない。
悲しいことに、高価で不味い豆腐は存在する。
けれども、濃くすれば美味くなるというシンプルな話でもあるので、原価がちゃんとかかってる豆腐は美味しいという判断も概ね成立する。
高いのに不味いなら商売やモノづくりが不誠実なとこだから、そのメーカーをしっかり覚えておいて、二度と買わずにしっかり悪口を広めるのがよろしいでしょう。冗談だけど。