おもちゃデジカメの話をしよう。
あれは今から36万……いや、20年くらい前のことだったか。
まぁいい。私にとっては若い頃の出来事だが、君たちにとってはもしかして、幼い頃の出来事だ。
デジカメが電器屋の花形で、みんながほしいと思ってた時代があった。
携帯電話にもぼちぼち付き始めてはいたけれど、機種変のタイミングもある。当時は古めの機種を端末ゼロ円で契約することも多かった。カメラ付きケータイはお金を出して意思を持って契約すると手に入るものだった。
高級モデルのデジカメが10万円以上、廉価モデルが3万円くらい。
3万円。高校生とかにはちょっとむずかしい値段だった。
デジカメの前にパソコン持ってないといけないから、理由つけて親に買わせて、更にその上でデジカメも買ってくれとはなかなか。
そこに、1万円で買えるデジカメがあったのだ。
画素数が35万画素とか130万画素とか、少ない。
液晶モニターがついてない、なんてのも多かった。ちょっと時代が下がるとついてる機種が増えたけど、表示も荒いしサイズも小さい。
ズームレンズなんて贅沢なものはない。単焦点。オートフォーカスでもないのが大抵。
CCDセンサーじゃなくてCMOSだった。今の高画質なCMOSじゃなくて、単に安いから採用されるものだから、画質はずっと劣る。
そしてなにより、見た目がおもちゃっぽかった。
ポップな感じにしようとしてるけど、何しろコストかかってないから安っぽくって。
だからおもちゃデジカメなんていわれて。
でも、撮影できた。撮った写真はパソコンで見れた。
まだまだ黎明期のインターネットで、メールに添付して送信できた。ホームページにも掲載できた。回線が細かったから、35万画素くらいで足りた、というか、400万画素そのまま送信するような行為は迷惑だった。
おもちゃデジカメはシンプルな機構だったから、多くのメーカーが参入した。
タカラやトミー、バンダイが出したりもした。フジフイルムもAXIAブランドで出したり、コニカなんかKonicaブランドでそのまま出した。
そして、おもちゃデジカメの雄といえるのが、ニチメンだった。現在、日商岩井と合併して双日になってる、あの商社のニチメン。
NHJは、ニチメンがデジタル機器を扱うときに使ってた子会社で、デジカメ関係だと大体ニチメンとNHJが共同でやっている。
ニチメン・NHJは、「Che-Ez!」というブランドのおもちゃデジカメを発売して、そこそこのヒットを飛ばしてシリーズ化。
高画素化や、液晶モニター付きといった性能強化から、ムービーモデルだとか、超小型スパイカメラ風とか、いろんなバリエーションを矢継ぎ早に繰り出した。
そういう攻めの努力もあって、2003年くらいまで一時代を築いた。アラサーくらいだと、ひとつくらい持ってた人もいるのでは。
しかし、カメラ付きケータイの普及や、デジカメの低価格化、中古でも実用十分なものが買えるようになってきたことなどで、1万円おもちゃデジカメの居所はどんどん小さくなっていく。
NHJも、ずっとおもちゃデジカメじゃ先がないとわかったんだろう。
ポラロイドと提携して、ポラロイドブランドのカメラっぽい雰囲気のおもちゃデジカメを売り出してみたり。
イオンと提携して専売モデルのおもちゃデジカメを作ったり。
そして、性能的に「まともなデジカメ」と扱ってもらえる水準の製品も用意した。
それが、Mach-Power DX450という機種だった。
はい現物。
NHJ、実売2万円の400万画素デジカメ「Mach-Power DX450」
2004年の夏に、2万円で400万画素の、約3倍ズームのカメラを出すというのはなかなか意欲的。
しかも、外装はフルメタルだ。廉価モデルはプラスチック外装が当たり前で、金属外装は中級以上のスタイリッシュ路線とかで採用されていた。
まー、スタイリッシュとまでは言い難いデザインではある。カメラメーカーのもこの程度にダサいのあったけどな。
何より「まっはぱわー」という、音速も力もカメラと何も関係ないだろとツッコミ入れたくなるロゴ。
2004年だと、ハイエンドモデルが800万画素になっていたが、ローエンドモデルだとまだ200~300万画素もあった。
ニコンのローエンドであるCOOLPIX 2200は、2004年春に200万画素で出てる。
キヤノンにはPowerShot A310という300万画素のローエンド機があるが、これはズームレンズではない。単焦点レンズ。
どちらも、2万円よりは高かったと思う。
まっはぱわーなら、400万画素でズームで2万円。
アリなのでは。
NHJ破産の真相 「社長の失踪がすべてのシナリオを狂わせた」 | 日経 xTECH(クロステック)
しかし、DX450が爆売れしてNHJが一流カメラブランドの仲間入り、ということは、もちろんなかった。
2005年、いろいろあってNHJは破産。
Mach-Powerの意欲は報われず、今はもう思い出す人も稀なまま、歴史の海に沈んでいる。
さて、実際使ってみよう。
スペックなど
- 1/2.5型 400万画素CCD
- 5.7-16.3mm (ライカ判換算34-98mm) F2.6-4.9 2.86倍ズームレンズ
- USB 1.1接続 (mini-Bコネクタ)
- 光学ファインダーあり
- 1.6型液晶モニター
- 単三電池2本
- SDカード + 内蔵メモリー16MB
と、2004年夏の発売としては、最低クラスの一つ上くらいのスペックを持っている。
しかし、NHJは自分で設計開発して生産できるような会社ではないはず。
こんな高水準なデジカメの自社開発は、どう考えても無理だ。
OEMに違いない。
で、OEMだと、有名メーカーの製品と非常によく似たスペックの製品があったりするのだ。日立リビングサプライのi-mega HDC-311と、オリンパスX-200とか。
しかし、日本メーカーには見当たらず。
海外までよくよく探したら、見つかった。BENQ DC C40。ロゴ以外一緒かな。
BENQなんて日本だとPC用液晶ディスプレイくらいのイメージしかないけれど、実はかなり多数のデジカメを古くからリリースしている。どこかで見たようなモデルも混じってる気が。
実写&使用感
いきなりこんな被写体でなんだけれど、まあ、2004年ごろのデジカメの写りとしてはごくフツー。
プログラムオート専用機だけど、シャッターボタン半押しの時点で画面に絞りとシャッタースピードが表示されるのが嬉しい。
ある程度カメラ慣れしていれば、手ブレしそうかの見切りとか、役立つことも多い。
どうも日本のカメラメーカーは、初心者向けのローエンド機が不必要な表示をすると混乱させる、と思い込んでるフシがあって、こういうの出さないとこ多いのだ。
電源ボタンを押して起動するまで3秒くらい。
日本のデジカメは起動高速化が流行ってた頃で、3秒だともどかしい。
「モーターのギヤ比間違えた?」と思える感じで、ギャーっとやたら大きな高いギヤ音を立てながらレンズが繰り出してくる。
外装なんか頑張って上等そうにしてるんだけど、この音は廉売品なのが見えちゃうポイント。騒がしい家電量販店の売り場でも、うるさいのがわかっちゃうレベル。
テレ端でも、特にこれといった問題はない。そんなに悪いレンズではなさそうだ。
ピクセル等倍で見ても、まあ400万画素の頃だし、ごく普通に見られる。
この頃のデジカメは、明るいところで撮ったら、ノイズリダクションなどの過剰なデジタル処理が入らない。素直な映像になるものだ。
明るいときはワイド端F5.9・テレ端F10.3へと、約2段の絞りが入る。
これもNDフィルターじゃなくて、ちゃんと瞳径が変わる絞りだった。
ただ、露出補正がメニューの奥底。一枚一枚補正しながら撮影する気にはなれないので、プログラムオート一発勝負。
まあ、考えすぎてない素直な露出という感じで、まあ見られる程度にはなる。
AEモードも選択できるんだけど、「自動・マルチ・スポット」から選択なのはなんだろうな。デフォルトが自動だから自動のままで撮影したけど、どのカットもExifにはMulti-segmentで記録されている。
こんなカットで、F2.8 1/18秒の露出。
なんだかシャッタースピードが遅いな、と思ったら、ISO感度が70しかない。
まあこの頃のCCDセンサーはISO100以下のものも多数あったから、別に70でおかしくはないけれど。
しかしDX450の場合、どんなに暗かろうとISO70から一切増感しない。1/4秒で足りないなら足りないまま撮影される。
で、メニューに「ロングシャッター」という項目がある。なし・1・2・4・8秒が選べる。
普通に考えれば、AEの最長シャッター時間がその設定秒数になる、というものだと思える。他のデジカメにもそういうのあったと思う。
しかしDX450の場合、設定秒数にシャッター速度が固定される。絞りもF2.8に固定されるので、どうやら暗所用マニュアル露出機能らしいのだ。
独特の機能ではあるけど、まあ暗闇で特殊撮影したいと思っても、長秒露光できるコンパクトデジカメは当時は限られた。もしかして使いみちあるかも。
ただ、長秒露光が必要なシーンで、このカメラのAFは全く合わないが。補助光も出せないし、MFとかパンフォーカスモードもない。
3時間ほど持ち歩き、20枚ほど撮っただけで、eneloop Proが電池切れという。
ただまあ、少々古い電池だったので、そのせいかもしれない。電池がヘタるとうまく動かなくなるデジカメはよくある。
光学ファインダーでの撮影に切り替えてみたら、光学ファインダーだとレリーズタイムラグが長くなっちゃうタイプ。これもわりとよくあるが、使いづらいな。
そして光学ファインダーの見え具合は非常に悪い。明らかにぼやけてるし小さいし。
ちょっと使い物になるとは言い難い。
インターフェース
全体的な操作性については、まあプログラムオート任せで撮影するだけのカメラだし、そこまで不安はない。
ホールディングはまとも。前にも指がかりがあるし、後ろも自然と置くべきところに親指がくる。
ただ、左下のSETボタンが確定ボタンになってるのはいまいち。メニュー操作を両手でしなくちゃ仕方なくなる。右手にまとめてほしいところ。
そしてメニューのインターフェースが酷くて、項目に入って値を変更したら、SETで確定しなくちゃいけない。そしてSETを押したらメニューが閉じられる。
撮影状態から、マクロ・連射/セルフタイマー・ストロボモードの切り替えは直接ボタンでできる。
撮影メニューは、記録画素数・記録画質・露出補正・ホワイトバランス・測光モード・デート焼付・ファイル名連番リセット・長時間露光、の7項目だけ。
設定メニューが、ビープ音・自動電源オフまでの時間・TV出力モード・撮影後のクイックレビュー・日付・表示言語・SDカードのフォーマットの7項目。
メニューが7項目だけど、同時に表示するのが6項目なのがちょっと間抜け感あってカワイイだ。
国際企業のBENQ製だけあって、言語メニューは多彩。ポルトガル語・ポーランド語・日本語・ハングル・簡体中文・繁体中文・英語・ドイツ語・フランス語・イタリア語・オランダ語から選べる。
日本じゃマイナーだったけど、世界じゃありふれたカメラだったのかもしれないな。
まとめ
2004年のデジカメとしては、機能・性能的に明らかにダメという製品ではない。
平凡だけどひどい欠点はないし、まともな写真が撮れている。2万円というプライスは、十分お買い得と思う。買った人に損をしたとは思わせなかっただろう。
しかし、これひとつでニチメン&NHJを、オリンパスやフジフイルムに対抗できるカメラブランドに引き上げるようなパワーはなかった。それは背負わされるものが重すぎる。
おもちゃデジカメの雄が、おもちゃデジカメ時代の終焉になんとか抗おうとした、おもちゃじゃないデジカメ。なんだか詩的な趣がある。