気がつけば随分前のことになってしまったが、秋葉原とか日本橋で、集まるオタク青年を狙った悪徳商法がずいぶん流行った時期があった。
エウリアン、なんていわれて、堂々と店構えてラッセンの版画を高く売りつける連中が出始めたのが、私の知ってる最初かな。
暇でぶらぶらしていた時に、何も知らずに呼び込みに誘われて入っちゃったことがあった。ただの画廊と思って。
それで展示してある絵を眺め始めて、いくらも見てないうちに、パーティションで区切った応接室みたいなところに座らされた。まあ今思えば、絵を見てるの引き離して隔離室に引っ張り込むような画廊がマトモなわけがないが、当時の私は20そこそこの田舎者で。
しかし、そこから囲んで押し売りを始める流れがあるべきところ、連中の段取りが悪かったみたいで誰も来ない。それで仕方なくというか、私は席を立った。
今思えば幸運だった。後で調べてうわーって。
それでネットで叩かれ、商店会が警告するようになり、新聞沙汰になり、果ては行政指導が入ったりして、だんだんとあからさまなのは目につかなくなっていった。
売るものも、ラッセンから萌え系イラストレーターの作品に変わっていって、今や客の方から入っていく店になっている、らしい。
何をいくらで売ってるか知らんけどな。まあファングッズって、適正価格は欲しいと思った価格だし、よほどでなければ問題にならないのか。
絵売りとは別口に、毛皮売りのあからさまなデート商法をやる連中も現れた。
あれも最初に遭遇したときは、何も知らずに相手をしてしまったものだった。
25歳にもならない頃だったか、当時勤めていた仕事先からの帰り、千日前あたりを歩いていた時に、若い女性が話しかけてきた。
私わりと人に道を聞かれたりする方だから、普通の見かけのひとに話しかけられると一旦は聞くの。
そうすると、最初はアンケートがどうこうと話を始めたはずなんだけれど、なぜかアンケート用紙とか出されることもなく、一方的に話を横滑りさせて「もうご飯時だから一緒に何か食べよう」といい出す。
デート商法にしても、デートに持ち込むまでが雑すぎるのではないか。
さらにそれに対して、「いや家で食べる予定だから急に言われても困る」というような返事を素でしてしまう私も私で大概ではある。
いや、私その時、近くでコロッケ買い食いして、半分かじったコロッケ片手に歩いてたの。なんでコロッケ片手に逆ナンされるなんてアホみたいな絵面のシーンがあると思うのだ。
そして、雑なデート勧誘トークと私の応答がまったく噛み合わないまま、なんだか有耶無耶に分かれた。以後何もない。
毛皮売りとのファーストコンタクトは、そんな笑い話に終わった。
しかし、一度きりの笑い事で済む感じだったらよかったのに、その後も毛皮売りは何度も現れた。
日本橋でんでんタウンに現れるようになって、行くたびに寄ってくるようになった。
もちろん、初回の後に調べて、あれがデート商法で、どういう手口でくるかというのも知った。
アンケートで、と来るタイプと、それから若い子に多かったのが、「田舎から大阪の大学に出てきたばっかりで友達がいなくて」というようなことを言ってくるタイプ。
ものの見事にどっちかしかいなかったなあ。
最初のときこそ、あまりにもマヌケな噛み合わなさが笑えたけれど、種が割れてると笑いにもならない。
日本橋でんでんタウンで捕まえられるような、モテなさそうな男だったら、そんな手口で釣りやすい、と思っているんだろう。
そしてこれがまた、にこやかに元気よくやってくるんだ。
毛皮を高額で売りつけるという悪質な商売を、モテなさそうな男を狙ってやろうなんて、そんな人を侮蔑しきった悪事に良心の呵責とかないもんなのか、そんな顔してやれることなのか、と。キモい男なんか人間じゃないから何やってもいいのだ、ということかな。
腹立った後には、暗澹たる気分になる。
女性不信みたいになっていったなあ。女というのは、自分が勝手に定めた基準以下の男なら、人間と見做さず何をしてもいいと考える動物であると。
もちろん、そういうタイプの男もいて、人間と見做さない女性を的に悪いことをして、被害者女性に男性嫌悪を起こさせてることだろうと思う。デート商法の元締めも、男女構わずそう思ってる異常者だろう。
ただ、私がそういう男の被害を直接に受ける機会が少ないから、わかるのが難しいだけ。
別に今更、女嫌いだとか思ってもいないけれど、あの頃に育まれた不信感みたいなのは残っているかもしれない。
今でも、メイドカフェの人とかが声かけてきても、目線一つ寄越さずに完全に無視してしまう。
まあコスプレが苦手で、本当にメイドさんにかけらも興味がないのはあるけれど、それは関心がない理由にはなっても冷たくする理由ではないからなあ。
でんでんタウンで声をかけてくる女性は有害だ、と思ってるのが表出してるだろうな。 オタロードを歩き過ぎてから、険しい顔してるのに自分で気付くこともあるし。
一度だけ、印象的な毛皮売りの子がいた。
「田舎から出てきたばかりで」パターンで声をかけてきたのだけれど、なんだか明らかに萎縮したような感じで、声も小さい。
そして暗記したセリフをどうにか読み上げてるみたい。
こんな仕事をさせられるとは思わずに就職して、採用されてから困ってる、そんな感じに見えた。
まあ、そういう演技を上手くやれれば、「騙されて酷い仕事をさせられているこの子を助けてやるんだ」とかいっていい感じに釣れそうにも思うが。
演技でなかったとして、ああいう子だとすぐ辞めると思うんだけど、「すぐ辞めて会社に損害を与えた」とか難癖つけられて酷いことになったかもしれないなあ。 なんとも。
日本橋のデート商法、ずいぶん前から見かけなくなった。
オレオレ詐欺とかのほうが手っ取り早い気がするし、そっちに流れていったのかな。
でもまあ、知能犯の中でも時代によらず、色恋を望む人間がある限りはなくならない手口だろうから、今日もどこかで誰かが騙されているのだろう。殺し屋麺吉に天誅ラーメンでも届けられないだろうか。